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小堀 周一郎さん
麸嘉 7代目当主 / 代表取締役社長
ウスビ・サコさん
京都精華大学 前学長 / 全学研究機構長 / 人間環境デザインプログラム教授
インタビュー・文:ヒラヤマ ヤスコ
撮影:佐々木 明日華
Stories2023.06.09
Vol. 11
サコさんぽ -第1歩-『共同体の精神が「京都らしい街」をつくる西陣エリア』(後編)
2023.06.09
インタビュー・文:ヒラヤマ ヤスコ
撮影:佐々木 明日華
「さっきは西陣の住環境をみていきましたが、京都は商売のスタイルも昔から変わらずに続けてきたところが多くて、それもまた京都らしいSDGsなんですよね」と、空間人類学者のウスビ・サコさんは、街をぶらぶらしながら教えてくれました。

「いまから行くのは、生麩屋の『麩嘉』さん。あそこは変わらないことでいろんなものを維持し、守ってきた老舗のひとつです」。

京都のコミュニティを多角的に研究してきたサコさんがそう言うなら……と思いつつも、その言葉には、正直言ってなんだかモヤモヤ。だって、老舗だって新しいお店をはじめたり、オンラインストアをはじめたりするし。むしろ変わっていかなきゃ生き延びてこれないのでは……?

変えていっているところは実際あるのに「変わらないことが京都らしいSDGsってどういうことなんだろう?」そんな疑問を抱えながら麩嘉さんにやってきました。
目次

『サコさんぽ』とは

30年以上を京都で過ごし、京都精華大学で学長もつとめたウスビ・サコさん。空間人類学者として長らく京都の街を研究してきました。そんなサコさんと街歩きをしながら、京都の街で起きている「変化」や、地域に息づく暮らしの知恵や工夫と出合う連載企画。

その土地で紡がれてきた歴史や文化、そしてゲストとの会話から、2050年の私たちが自分らしく健やかに暮らしていくためのヒントを一緒に見つけていきましょう。


案内人>
ウスビ・サコ (写真奥)
マリ共和国生まれ。 北京語言大学、南京東南大学を経て来日、1999年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。京町家の打ち水の大きさを計測し「打ち水が隣の家の打ち水と被る範囲が多い家どうしは関係が良好」など、空間人類学を専門に、社会・建築・コミュニティのさまざまな関係性を調査研究している。2018年4月から2022年3月まで、京都精華大学学長を務めた。『知のリテラシー文化』(ナカニシヤ出版)、『ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」』(世界思想社)など著書多数。

<いっしょに歩いた人> ヒラヤマヤスコ (写真手前)
京都と神奈川県・逗子の二拠点生活をおくるライター・編集者。京都精華大学の芸術学部に在籍していた頃からサコさんのことはよく知っていた。ローカルにおけるカルチャーやそこで活動する人の取り組みに興味があり、Webメディアや雑誌で執筆・編集をおこなっている。料理人としても活動しており、地方の食文化を学ぶこともライフワークのひとつ。

「おいしいかおいしくないかが重要で、何代目かなんて関係ない」

ヒラヤマヤスコ(以下、ヒラヤマ) おふたりとも、存在感がありますね(笑)

ウスビ・サコさん(以下、サコさん) わっはっはっは!小堀さんはラグビーやってたんでね。小堀さんと並ぶと僕は安心感があります!(笑)

小堀周一郎さん(以下、小堀さん) なに言うてんねん、ちょっと前まで俺よりも大きかったのに!

ヒラヤマ (笑)。「京都×SDGs」をテーマにサコさんと散歩して今日お邪魔しているんですが、おふたりが知り合うきっかけって何だったんですか?

サコさん 私が学生の頃に小堀さんのお姉さんと知り合う機会があって。麩嘉さんの店舗が、当時いまで言うリノベーションをしていたんですよね。街に溶け込む雰囲気を維持しながら建物を生まれ変わらせるところとか、生麩という食べ物自体にも興味を持って、お邪魔するようになったんですよね。

小堀さん よくうちはいろんな人を招いてご飯会のようなものをやってるんですけど、サコ、なんか勝手によく来てたよな。うちの親とも喋って、勝手にご飯食べて帰っていった(笑)。

サコさん 私もそういう京都の学生を謳歌していた時代があったんですよ〜。

ヒラヤマ 若サコさんのエピソード、おもしろいなあ。

サコさん 今回小堀さんに会いに来たのは、私の若かりし頃の話をするんじゃなくて(笑)。麩嘉の生麩は昔から同じやり方で商売を続けていると。街に対しても、いろんなお客さんに対しても変わらずにいることが、京都のSDGsだなと思ったんですよね。そのあたりのお話を聞けたらいいなあと。

ヒラヤマ 昔からお商売されてきたと思うんですけど、小堀さんでいま何代目くらいなんですか?

小堀さん 記録が残ってないので本当のことはじつはわからないんです。幕末にあった禁門の変の際に、ここ一帯は全部焼けてしまってまして。ただ、1850年頃、京都御所に生麩を納めていた通行手形が残っておりまして、だいたい僕で7代目くらいだと、子どもの頃に親に教えてもらったことがあるんです。

ヒラヤマ 京都らしいエピソードですね。

小堀さん 大人になってから気になって、改めてそういう歴史的な記録がないのか親に尋ねてみたことがあるんです。そしたら「そんなこといちいち聞くな。おいしいかどうかが大事なんであって、歴史があるからいいと錯覚させるような商売をするな!」って言われて。

サコさん へー!

小堀さん かっこええこと言うなあって思いましたよね。まあただ、子どもの頃から7代目くらいって聞かされてたから手のひら返されたみたいで。「お前が7代目言うたんちゃうんか!」って心の中でツッコみましたよね(笑)。

サコさん 7代目だからとか、老舗だから買おうって思わせるんじゃなくて、おいしいから買おうと思わせる。ずっと変わらずにおいしい味を守り続けているっていうのが大切で。その考え方は重要ですよね。

 

おいしいものをつくろうとしたら機械化や効率化は相性が悪かった

ヒラヤマ 麩嘉さんの生麩はずっと変わらない製法でつくられているんですか?

小堀さん 生麩って素材が非常にシンプルなんですよ。グルテンともち米、そして水ですね。その3つだけなので、そもそも大きく製法を変える必要がないんですよね。

ヒラヤマ つくるときは昔から変わらない手作業ですか?

小堀さん 素材を練るところには機械を使ってますが、それ以外は全部手作業ですね。古い製法だからいいってわけじゃなくて、おいしいものをつくろうと思ったら手作業が一番いいというだけの話なんですよ。

ヒラヤマ ほうほう。

小堀さん 生麩ってグルテンともち米と水というシンプルな素材なんですけど、混ぜ合わせたらできるものじゃないんです。生麩の生地を寝かせて発酵させたりする必要がある。糖化や発酵は、毎回同じ塩梅で進まないんです。だから、職人たちの五感で判断する必要がある。毎回一定じゃないからこそ、機械化が難しいんですよね。

サコさん いろいろ吟味した結果、機械よりも人の手の方がいいものができるということなんですね。

小堀さん そうですね。機械化を進めているところも同じ業界ではたくさんあると思うんですけど。ただ、機械化してしまうと、機械がつくれるように最適化した製法になっちゃうんですよね。「いつもより固い麩をつくりたいなあ」とか、フレキシブルなことができなくなる。

ヒラヤマ 変化に柔軟なのは人間の方に利がありますね。

小堀さん 機械化がすべて悪いとは思いませんが、こと生麩の製造に関しては、機械化による効率優先は「おいしいものをつくる」という部分が置き去りになってしまいがちだと思いますね。コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視されがちな昨今ですが、それが進みすぎちゃうと、人の五感によるものづくりはダメな方向に振れていくと思いますね。

 

利益を追うあまりに潰れてしまったお店をごまんと見てきた

サコさん 変わらない製法でつくるというのもそうですが、量もそうですよね。手作業だと、大量生産は難しいと思うので。

小堀さん そうですね。量をご用意できない場合はお断りを入れることもあります。昔、某コンビニからご相談いただいたんですが、秋冬っておでんを売り出すじゃないですか。そこに関西限定で、麩嘉の生麩を使いたいというオファーがきて。

ヒラヤマ おお。

小堀さん それってものすごいロット数になるんですよね。コンビニに行き渡る量を手作業でつくるとなると、粗が出て麩嘉の生麩ではなくなってしまう。申し出は有難かったんですけど、お断りさせていただきました。

サコさん 私たちは経済の発達とグローバル化の波に飲まれて、たくさんつくってたくさん売るということをやってきました。それで回っていく世の中もあるんですけど、いいことばかりじゃなくて、拡大化することで信念や、伝統、地域を維持できなくなるってことが往々にしてあるんですよ。成長や発展という言葉の裏で壊れていくものがある。これはSDGsじゃないんですよね。

ヒラヤマ いけいけどんどんで事業を急拡大しすぎて、下り坂になったら一気に落ちちゃうって例もありますよね……。

サコさん それでいうと、麩嘉さんをはじめ京都のお商売って、家族を中心としたミニマムな経営が多いんですよね。

小堀さん そうですね。まあこれはいろんな考え方があるのが前提ですけど、僕の父親が言ってたのは、京都というのは「家業」。家族でやるお商売が原則やと。家業の規模感だから「いいものをつくる」という意識を等しい水準で共有できるんじゃないかなと思います。だから、僕らの場合、家業の範囲を超えてくるようなものは、おいしい話でも乗らないことが大事で。

ヒラヤマ わたしだったら「規模拡大しませんか?」って言われたら、目先の欲にかられちゃうかも……。売上は立てていかないといけないなかで、欲の制御というか、どうやってるんですか?

小堀さん 後先考えずにバーンって広げちゃうとリスクが出てきますし。そもそもお金が儲かるから無理して受けるのって、なかなか難しいと思うんですよね。僕は自分の目の行き届く範囲でやってくということしかクオリティを守る自信がないので。そこがおろそかになると、最初は気にならないようなものもだんだん大きなブレになっていくんですよ。子どもの頃から、おいしい話に飛びついてなくなったお店を山盛り見てきましたんでね。

ヒラヤマ うおお、重い言葉……!

小堀さん そういう周りの方々の失敗をやっぱり見てきたなかで、麩嘉が選ばないといけない道は見えてるというか……。絶対に「そっち側」に行ったらあかんと思ってますね。

 

変わらないこと、つまり精神性を維持するということ

ヒラヤマ 家業として、クオリティが担保できる範囲の仕事を全うすることが、変わらない味をつくっていけると。これはすごく納得しました。というのも「変わらないことが京都らしいSDGs」だっていうサコさんの話が最初よく理解できなくて。

サコさん ほうほう?

ヒラヤマ 創業当初から麩嘉さんがそのままの状態で今に至っているかというと、決してそうではないじゃないですか。オンラインストアもやっていらっしゃるし、アメリカでレストランもされてましたし。これはサコさんの言う「変わらないことが京都のSDGs」と矛盾しちゃうんじゃないかって思ってたんですけど、重要なのは精神性だったんですね。

サコさん そうそう、オンラインストアを始めたからといって「変わってしまった」ってことではないんですよ。麩嘉さんが昔ながらの製法で、おいしい生麩をつくり続ける。味が変わらないように、あえて大きくなりすぎないようにする。そのお店の軸を変わらずに持ち続け「精神性の維持ができる」ことがSDGsなんです。

ヒラヤマ  「いっぱい売って拡大したれ!」って気持ちで麩嘉さんのオンラインストアがあるわけじゃないですもんね。そっかそっか。

小堀さん 変わらずにいるために、刷新していかなければいけないところはありますしね。うちは昔ながらの製法を続けてますが、材料に関しては、常に同じ産地のものばかり使い続けるってことはしてませんね。そこは吟味を重ねてます。水はうちに湧いてる地下水を汲み上げているので、水は変わってないですけど。

ヒラヤマ どういうきっかけで材料は見直すんですか?

小堀さん お米といえば「魚沼産のコシヒカリ」をイメージする人もいますけど、魚沼産のコシヒカリが未来永劫ずっと一番おいしいかというと、そうとは限らないと思うんです。なんなら、いま、北海道のお米がすごくおいしいって言われてますしね。

ヒラヤマ 農作物は天候にも左右されるから、そもそも収量がすごく少ない年もあるでしょうしね。

小堀さん そうですね。常においしい生麩をつくるために、データも参考にしながら、いい材料を使うことを心がけています。「ここの産地が一番いい」っていうはいつの常識なのかというね。古い時代の常識は常に疑わないとだめなんです。

 

世の中の要望に合わせた「新しい姿」を別でつくっていく

サコさん ちなみに、オンラインストアはどういうきっかけなんでしたっけ。コロナ禍とか?

小堀さん コロナ禍は関係なくて。長いあいだ、築地の場外市場にうちの生麩を収めさせていただいてたんですが、豊洲の方に市場が移って、場外市場のあり方もだいぶ変わったみたいなんです。いわゆる観光地になってしまって、一般の方が買い物をする場所としての意味合いが薄くなってしまったと。

ヒラヤマ 東京のお客さんが買える場所がなくなっちゃったんだ。

小堀さん 東京でも、長いことうちの生麩を使ってくれている飲食店さんも多いので、だったらWeb上で買える場所をつくろうと思ってつくりましたね。

サコさん つくり方やつくる量を変えず、常連さんを中心にした商売をされつつも、全国に需要があるなかで、どこかで要望には答えようと努力されているところもあるんですよね。京都の老舗のおもしろくて素晴らしいところだと思うのが、精神性の主軸になる商売の場は絶対に変えずに、まったく別のチャネルをつくるところ。ニューヨークのお店に行ったとき、強く感じました。

小堀さん ありがとうございます。ニューヨークでのお店は、食の文化を正しく海外で伝えるということがひとつテーマになってまして。本物を知って、日本や京都に興味を持ってもらって、いつか食べに来てもらうということができればいいなというか。30代くらいの比較的若い人を海外に送って、彼らの修行の場としての役割もありましたね。


麩嘉がNYに開店した精進料理店「Kajitsu(嘉日)」のお料理。同店はミシュランガイドで二つ星にも輝いた

サコさん もう閉店されたんですよね?

小堀さん そうですね。ニューヨークのお店は10年と期限を決めていたんです。収益が上がるレストランではあったんですけど、経営が成り立たなくなって閉めるよりも、めっちゃ盛り上がってるなかできれいに終われたので、取り組みとしてはいい成功になったかなと。惜しまれながら終わるみたいなのは、僕のなかでの美学ですね。

ヒラヤマ かっこいい……。

サコさん オンラインストア、ニューヨークでのお店もありますが、麩嘉さんといえば、錦市場にも店舗があるじゃないですか。もちろん、生産の枠組みを邪魔しない形でやってると思うんですけど、錦市場のほうもここ本店の生産とはまた別のチャネルになるのかなと。そのへんの価値観ってどんな感じなんですか?


麩嘉 錦市場店の外観

小堀さん 錦市場にお店を構えたのは、本店のほうが昔ながらの方法でやってるからなんですよね。入口を見ていただいたらわかるんですけど、のれんがかかってるだけで何屋さんかわからないじゃないですか。店内にはショーケースもないですし。ここは昔からお料理屋さんから注文いただいたものをつくって、配達するか取りに来ていただくというスタンスをとってるからなんです。

ヒラヤマ そうか、ここは小売はしてないですもんね。

小堀さん でも生麩という食材が京都の伝統食品としてどんどん注目されるようになってきて。一般的な小売店だと思って買いにこられる方が多くなってきて。祖母なんて昔の人間ですし「急にきたかてないわそんなもん!」って……。うちのスタンスと現代のニーズにギャップができてしまったんです。僕たちがつくっているものを、違う形で認知してもらうのも確かに大事だなあと考えて、昭和50年代に、錦市場に小売店を開けたんですよね。

ヒラヤマ 麩嘉さん、オンラインストアをはじめたきっかけが築地の場外市場の観光地化とおっしゃってたじゃないですか。こんなこと言っちゃなんですけど、いまの錦市場ってめちゃくちゃ観光地なのでは……?

小堀さん そうなんですよ……。歴史的には錦市場が日本で最古級の市場なんです。いまの中央卸売市場も、錦市場から外に出ていった方々がつくっていったんですよ。「京の台所」と言われるだけあって、いろんな方が買い物にきていたんですが、いまは本当に錦も観光地化が進んでしまって。

サコさん 日常の延長線上で使っていた街の人が、錦で買い物をしなくなりつつあるという話を聞きます。

小堀さん 状況が大きく変化して、お店を畳んで賃貸に出すというケースも出てきましたね。ただ、麩嘉の生麩を買える場所って言うと、錦しかないっていうのは重要なことかなと。

ヒラヤマ 錦市場を出て、もっと街の人が買いに来やすい場所に移転するとかは考えなかったんですか?

小堀さん 旧来の形のお店が商売を続けていかないと、歴史ある錦市場のかたちが失われてしまうんじゃないかと思うんですよ。市場としての役割を次の世代に残していくには、麩嘉の小売は錦で続けていくということに意味がある。それが老舗として与えられた役割でもあるのかなと。

ヒラヤマ か、かっこいい〜〜〜

小堀さん あと、京都の食文化の一端を担う者として、京都らしい農作物を未来に残していかなあかんなと。2022年から花脊の方で農園をはじめたんですよ。

サコさん 花脊というと、左京区の奥の方ですよね。貴船や鞍馬よりもさらに北の。

小堀さん そうです、山林のエリアですね。まだはじめたばかりなので収穫には至ってないんですけど、山椒と柚子を育ててます。昔から、洛外で育てられた農作物が洛中に運ばれ、京都の食卓を彩ってきたわけです。けど、流通の発達でだいぶその姿も変わってきてしまっている。京都で昔から親しまれてきた食材を引き継いでいくために、微力ではあるんですが農園の取り組みもスタートさせました。

ヒラヤマ 山椒も柚子も、京料理には大事な存在ですもんね。どっちも大好き!

小堀さん 昔ながらの京料理はもちろんですけど、山椒と柚子の可能性を広げるような新しいプロダクトもつくっていきたいですね。いま、いろいろと可能性を模索しているところです。

 

時代の変化に負けない、ゆらがない精神性をどうシェアしていけばいいのか

ヒラヤマ 価値観が見直されてきてはいますが、まだまだ身の回りって大量生産品で、質よりも安さ……みたいなものが多いじゃないですか。むしろ日本が貧しくなっているいま、より加速しているかもしれない。京都が持っている精神性を肌感として理解している人も減っていると思うんです。そのなかで、どうやってこれから京都に暮らす人に、京都らしい精神性を共有していけばいいんでしょう?

サコさん 私のなかで京都って「コモンズ」だと思うんですよ。コモンズって、誰かに言われて動くんじゃなくて、当事者同士が話し合いながら、調整しながらつくっていくコ・クリエーション、共創ですね。京都に新しい人たちが入ってきて、コミュニティのあり方が変わっていくなかで、古くから続いてきた価値観と、新しい価値観が混ざり合ってきた部分も大いにある。

ヒラヤマ それは、たとえば麩嘉さんが小売店の形態をあたらしく始めるような。

サコさん そう、昔は非公開だった情報をSNSで公開しているとか。結構ね、京都では大小さまざまなイノベーションが時代ごとに毎回ある。その動きのなかで、昔からあるものが新しい価値観を受け入れて変革するのと同時に、昔からあるものの「軸を変えずにいることの精神性」の大切さを新しく京都にやってきた人に伝えるということもできるはずなんです。

ヒラヤマ うんうん。

サコさん 私のように、生まれ育ちは京都ではない、なんなら国も違う人間が、それを伝えようとしているっていうこともあるわけです。現代のいろんなツールを使って、コモンズとしての京都をみんなが知っていくことで、ひいてはそれが京都らしい精神性のシェアに繋がるのかなと。

小堀さん 商売というのは材料の質、時代ごとの常識、法律、いろんな変化に影響を受けるので、なかなかスムーズにそのままの状態で続けるというのは難しいのは僕自身よくわかります。どうして麩嘉が生き残っていけたのかを考えた時、やっぱりどれだけいいものを、継承しながら生み出すことができるのか、その技術や精神性をきちんと先代、先先代からずっと教え込まれてきたからだと思うんです。ぜんぜん書いていただいてもいいんですけど、僕、自分のところの生麩が日本で一番おいしいと思ってますんで。

ヒラヤマ 確固たる自信!

小堀さん 生麩って材料自体はものすごくシンプルですし、なんなら小麦粉なんかは政府が買い上げているものを使わせていただいています。だからこそ、どうやって違いを出すかというと、おいしいものをつくる職人の腕と、おいしくできる量だけつくろうとする「決め」なんですよね。そこに関しては自信はあります。僕らのところの商品が、より多くの人に選んでもらえるという。

ヒラヤマ 時代の流れや街の変化に合わせて新しいチャネルをつくりつつも、やっぱり大事なのは芯を持っておくってことなんですね。というか、芯を持ち続けているからこそ、サコさんのいう「コモンズ」の輪のなかにあり続けられるのかもしれません。

小堀さん いまの麩嘉のあり方が、お店としての価値を引き上げることができるのであれば、次の世代ぐらいまでは安泰かなと思いますね。まあ、世の中の変化のスピードは目まぐるしくかわるので、次の世代は次の世代で考えていくしかないんですけどね。

 

おわりに

もし麩嘉さんが「注文主体の本店のあり方を変えて、もっと機械で大量に安価につくって、ジャンジャン儲けたろ!」みたいなスタンスに舵を切っていたとしたら、今日の麩嘉はなかったように思います。自信をもっていいと言えるものを、それができる範囲でやる。そんなスタンスをきっちり守っていることは、京都の食文化を未来へ引き継いでいく、京都らしい持続可能な商売のあり方なのでしょう。

世界中から人気を集める街だからこそ、日々、京都では新しいなにかがうまれています。それはお店であったり、建築物であったり、イベントだったりさまざま。個人的な話ですが、それらに対して「そういうのもええやん!楽しみやわあ」と感じることもあれば、一方で「あそこ、変わってしもたな〜。なんか寂しいなあ」と感じることもあります。

この差っていったい何なんだろう?と疑問でしたが、そういう感情の正負って、新しいものから発せられる「軸の有無」をなんとなく探しちゃってるのかもしれないなあと。もちろん、個人の嗜好も多いにあるんですが……。

どうあっても人の暮らしは一定ではないのに「変わらないことが京都のSDGs」とはいかに?と怪訝に思いましたが、大切なのは軸になる精神性をいかに保ち続けるかというところだったんですね。

「軸になる精神性」って、お店に限ったことではなく、人の生き方にとっても大切です。京都の街に関わるひとりの人間として、自分の軸は何だろう? と考えさせられる、麩嘉さんでのお話でした。

わたしも、新しい何かを始めようとするたびに、目先の欲にとらわれすぎず「これって自分や誰かの負担にならないか?」や「自分のスタンスとズレてないか?」と自分のなかにある精神性と向き合っていこうと思います。

取材協力:麩嘉 本店

Profile
小堀 周一郎
麸嘉 7代目当主 / 代表取締役社長

1972年生まれ。法政大学経済学部卒業後、マツダ株式会社に入社。購買部海外調達部に所属。1997年麩嘉入店。2007年株式会社 麩嘉 代表取締役就任。2008年NYにて精進料理レストラン「Kajitsu」を出店し2010年ミシュラン二つ星獲得。
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麩嘉 本店
京生麩 専門店

住所 :京都市上京区西洞院通椹木町上る東裏辻町413
TEL  :075-231-1584
​​営  :9:00〜17:00
休  :月曜日定休

※営業情報は2023年6月時点のものとなります
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ウスビ・サコ
京都精華大学 前学長 / 全学研究機構長 / 人間環境デザインプログラム教授

マリ共和国生まれ。北京語言大学、南京東南大学を経て来日。1999年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など社会と建築の関係性を様々な角度から調査研究している。京都精華大学人文学部教員、学部長を経て2018年4月同大学学長に就任(~3月2022年)を経て現職。暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。

主な著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)など。2025年日本国際博覧会協会 副会長・理事・シニアアドバイザー兼任他。
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Writer
ヒラヤマ ヤスコ
ライター
ライター・編集者・ときどき料理人。逗子と京都の二拠点生活。ローカルコンテンツや民俗学と食文化と酒場が好きで、さまざまな媒体で執筆や編集をおこなう。
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