撮影:佐々木 明日華
脱炭素の未来を市民と描く、京都市の挑戦
撮影:佐々木 明日華
今回は、これまでの歩みを振り返りながら、今後に向けたビジョンや期待について、京都市の中心メンバーである環境政策局地球温暖化対策室・古園英一さんと、同室・本多麗子さんにお話をうかがいました。対話から見えてきたのは、試行錯誤と葛藤、そして小さな手応えの積み重ねでした。
「京都発脱炭素ライフスタイル推進チーム〜2050京創ミーティング〜」
将来の京都を担う若者を中心とする市民、事業者及び学識者等の皆様と共に令和3年9月に発足。「自分ごと、みんなごととして、未来のために自分たちに何ができるか」を考え、新しい脱炭素ライフスタイルを実践する動きが、一層に広がっていくことを目指します。
2050年CO₂排出量正味ゼロの暮らしから脱炭素を。京都が挑む「脱炭素ライフスタイル」とは?
京都市はこれまで、京都議定書をはじめとする国際的な環境政策の象徴的な都市として歩んできましたが、「2050年CO₂排出量正味ゼロ」という目標に向けて、新たな挑戦に踏み出しました。それは「意識を変える」だけではなく、実際の生活の選択が自然と脱炭素につながるような日常づくりを目指す取組でもあります。市民、事業者、行政といった異なる立場の人々が交ざり合いながら、価値観の転換を後押しするための、いわば実験の場として、手探りで進めてきました。
京都発脱炭素ライフスタイルの取組はどのように立ち上がり、変化し、そして未来へ向かおうとしているのでしょうか?
不安からのスタート、手探りの組み立て
−−お二人が関わりはじめた当初は、どんな印象を持たれていましたか?
古園英一さん(以下、古園さん) 私が加わったのは2022年4月です。正直分からないことだらけの事業だったので、最初は不安が大きかったですね。メンバーも初対面の方ばかりで、ここから関係性を築いて、成果を出していくことができるのだろうかと。
本多麗子さん(以下、本多さん) 私は前の職場でまちづくり団体等の支援を担当していたので、ある程度現場での動き方はイメージできていました。それでも脱炭素というテーマでどう進めていくのか、輪郭が見えないなか、手探りでのスタートでしたね。ただ、早い段階から「動きながら考える」ことが大事だと感じていました。
−−最初に「京都発脱炭素ライフスタイルのビジョン」を作られたのですよね?
古園さん 京都の環境や暮らしに関心を持つ様々な方が集まり「京都発脱炭素ライフスタイル推進チーム(以下、推進チーム)」を立ち上げました。推進チームメンバーと議論を交わしながら、方向性を整理し、2022年10月に2050年の京都発脱炭素ライフスタイルのビジョンが完成しました。ビジョンと合わせて、ライフスタイル転換を呼びかける合言葉「DO YOU KYOTO?」という既存のメッセージに、「変わろう、今。変えよう、未来。」という新しい視点を加えたキャッチコピーもつくりました。
本多さん 「DO YOU KYOTO?」という言葉は、京都議定書にちなんで、京都から世界に向けて発信する「環境にいいことしていますか?」という意味の合言葉として存在しています。すでに市民の間で認知されていたこの言葉に未来に向けた行動を促すメッセージを重ねることで、新たな意味を持たせることができました。既存の資源を活かしながら、今の価値観や時代に合わせて編み直していく姿勢は、まさにこの取組全体に通じる考え方だと思いました。
−−なるほど。言葉もリユースされたと。これからの活動にもつながっていますね。
本多さん 環境施策というと「我慢しなさい」「これをやめましょう」というメッセージになりがちですが、それでは市民に響きません。むしろ、「変わることが豊かさにつながる」という前向きなビジョンを共有することが必要だと感じていました。
古園さん ビジョンが決まったときに、やっと「これで走り出せる」という感覚がありましたね。「DO YOU KYOTO?変わろう、今。変えよう、未来。」という言葉には、未来に対する強い意志と、今を変える覚悟が込められています。少しずつ変えていこうというのは、現状に対してはすでにミスリード。それではもう間に合わない現状があるのだから、もっと大きな発信をしていく必要があると。
そこで、「ゼロ」をあえて明言しようという方向になり、「2050(ニーゼロゴーゼロ)」を付け足しました。カーボンニュートラルで、ゼロを目指すのだと。単なるスローガンではなく、チーム全員が実感をもって共有できる旗印になりました。
−−ビジョンを実現するために、以後、多くのプロジェクトが生まれていくわけですが、まさにその旗印となりましたね。
本多さん 取組においては、意識を変えるだけではなく、実際にアクションしてもらうことを重視してきました。事業者に「消費行動」「住まい」「つながり」の3つのワーキンググループのメンバーになってもらい、60以上の脱炭素ライフスタイルにつながるアクションを取り組みやすくするための「仕掛け」として、プロジェクトを立ち上げてきました。ワーキンググループメンバーの「こんなことをやってみたい」というアイデアを大切に、行政はあくまで2年間の伴走支援。その後は事業者の事業として自走するかたちを目指しました。
古園さん その中でも、「使用済衣服の回収&循環プロジェクト“RELEASE⇔CATCH”」の立ち上げが印象深いです。回収BOXで集めた古着を再活用するとともに、「循環フェス」という循環を体感できるイベントを開催してきました。
−−「循環フェス」は、初回にも関わらず約5,000人が来場する大きなイベントでしたよね。
本多さん 本当に手応えがありましたね。今では毎回1万人以上の来場があるイベントに成長しました。行政と市民や事業者が一体となって成し遂げた象徴的なプロジェクトだったと思います。ああやって、実際に目に見えるかたちで成果が出ると、プロジェクトに参加しているメンバーみんなのモチベーションも上がりますし、次の展開に向けた自信にもつながりましたね。
古園さん 京都市が一緒に関わることで、取組の信頼度がぐっと上がるということも言っていただきました。行政が横に並んで一緒に動く。その“伴走する姿勢”自体が、事業者にとっては心強かったようで、地球温暖化というテーマに対する発信力や説得力にもつながったと感じています。
動き出した“手触り”と支援のあり方
−−その後も続いて、さまざまなプロジェクトが立ち上がっていきましたね。
本多さん 「使用済衣服の回収&循環プロジェクト“RELEASE⇔CATCH”」から始まって、「京都の冬は寒くないプロジェクト」「脱炭素ツーリズムHUB創設プロジェクト」などが続きました。事業者に寄り添いながら、ドライブをかけて実証実験へと進めていった感じです。
−−プロジェクトを進めるうえで、難しかったことはありますか?
古園さん 一方的に提案するのではなく、あくまで事業者のアイデアや取組を尊重して進めてきました。とはいえ、思うようにいかないないプロジェクトでは、やきもきすることも多かったですね。何とかしようと行政が主導すると事業者の思いが掛け離れてしまう……。
主役はあくまで市民や事業者。行政は黒子に徹するべきで、主役にならない方がいいということも実感できました。やっぱり事業者さん自身の中から出てくる“やりたい”という気持ちこそが、活動を支えているんですよね。
−−手綱をひきつつ、手放しつつ……。バランスが大事なんですね。
本多さん 他にも、プロジェクトの成果をCO₂削減という指標で示すのが難しい、という課題もあって……。「これが地球温暖化対策につながるのか?」という疑問を持たれることも少なくありませんでした。
例えば、「生ごみ堆肥化」のプロジェクトです。生ごみを堆肥にすること自体は素晴らしい活動ですが、それが直接CO₂削減にどの程度寄与しているのか、という点になると示しづらい。「服のリユース」についても同様で、資源循環としての意義は分かりやすいけれど、なぜそれを地球温暖化対策室がやるのかと。
−−なるほど。その問題をどう乗り越えていったのでしょうか?
本多さん 意識の転換ですね。「行動のきっかけを生む」というプロジェクトの価値もあることに気が付きました。実際に、最初は生ごみの堆肥化からアクションをスタートした方が、家庭菜園を始めたり、容器包装が少ないものを選ぶようになったり、節電等の省エネの意識が高まったり。そういったエピソードをいくつも聞くことで、生ごみや服といった誰もが関わる身近なものをきっかけに、その先にライフスタイル全体の転換、さらには“CO₂削減”という成果があるのだと説明できるようになって、自分の中でも腹落ちした感覚がありました。
古園さん これまでの手詰まり感を乗り越えるための取組だという背景も理由づけになりました。市民の意識変容、行動変容を促すことは難しい。これまでの延長線上の取組をしていても変わらない、という危機感がありました。だからこそ、今までとは違う手法を模索する必要があるんです。
最初から「これは地球温暖化対策です」と打ち出すのではなくて、身近な課題から入っていく。それが、結果としてCO₂削減にもつながるという流れをつくる。これまでのような一方的な啓発ではなく、対話や共感の中から、新しい価値観を育てていく。
このように、“環境にいいこと”が日常の選択肢のひとつになって、それが自然とCO₂削減につながるような仕組みに続いていく。それこそが私たちが目指すかたちなんじゃないかと思います。
交ざり合う場づくりと、ひらかれた次のステージへ
2025年1月23日には、「2050京創ミーティングOPEN DAY」を実施。これまでの取組の成果発表や展示をするとともに、衣食住の「住」に焦点を当てたトークイベントを開催しました
事業者等と協働して創出・実証してきたプロジェクトの取組成果を発表
−−3年近くにわたる取組ですが、お二人はこれからの展開をどのように考えていらっしゃいますか?
古園さん これまでの取組は、推進チームメンバーとプロジェクトを実施するワーキンググループのメンバーで構成して取り組んできました。今後はより多様な人が出入りできる、“プラットフォーム”として育てていきたいと考えています。そこでは市民も事業者も、行政も横並びの関係で、共通のテーマについて自然に語り合えるような場をつくっていけたらと思っています。
本多さん これまでもいくつかのイベントやミーティングを通じて、市民や事業者の方と対話してきましたが、誰でも参加できる気軽な入口を開いて、参加のハードルを下げていきたいと思っています。2025年2月に開催した「オープンデイ」でも、関心を持った市民の方が立ち寄ってくださり、質問を投げかけてくださったりと、とてもよい空気感が生まれていました。
プロジェクト取組内容のパネル展示コーナー
「使用済衣服の回収&循環プロジェクト」の展示
−−これから始まる「2050京創プラットフォーム」はどんな意味を持つ取組になっていくのでしょうか?
本多さん “出会いの場”ですね。プロジェクトそのものが目的というより、そこに関わることで、何かに気づいたり、新しい視点を得たり、自分の暮らしを見つめ直すきっかけになる。そんな“出会いの装置”としての役割が大きくなるのではと思います。
古園さん 脱炭素の話って難しそうだったり、専門的に聞こえたりしがちですけど、本当は暮らしの中にあるものなんですよね。食べること、着ること、住まうこと……日常の選択すべてに関係がある。だからこそ、暮らしの中から楽しく始められるようなテーマ設定や対話の場を、意識的につくっていきたいと思っています。
−−その場に混ざることで、“私にも何かできるかも”という実感が生まれる。まさに開かれた仕組みの第一歩ですね。
本多さん はい。そのためには、場の中でどんな化学反応が起こるかを期待しつつも、裏方としての機能はしっかりと持っておく必要があります。必要に応じて制度面の話につなげたり、担当部署を紹介したり。私たち行政はすべてをリードするのではなくて、必要なピースを埋める調整役のようなポジションを取っていくことが理想だと考えています。
古園さん 行政は正解を出す存在じゃなくて、問いを共有したり、場を整えたりする“土壌づくり”に徹することが、これからの関わり方なんじゃないかと。プロジェクトやテーマによっては、事業者と市民を結びつけるマッチングのような機能も大切になります。“やってみたい”という気持ちはあっても、どう連携すればいいかがわからないというケースも多いので、そういう橋渡しもプラットフォームが担う役割になると思います。
市外や大手事業者も巻き込んで、多様な価値観が交ざり合う場づくりを目指したい。そこから新しい仕組みや制度の種が生まれればと期待しています。
−−つまり、今後は関心がアクションにつながるような設計が鍵になる、ということですね。その先にあるゴールについて、どのような未来を描いているのでしょうか?
古園さん ビジョン策定からプロジェクトの実証、そしてプラットフォーム化していくという大きな流れで、私たちは取り組んできました。これからは市民や事業者が自分たちの手で広げていけるかどうか。まずその地ならしができたことに、大きな意味があると思っています。
私たちが目指しているのは、脱炭素という考え方が特別なことではなく、当たり前の選択として日常に根づいていくことです。「2050京創プラットフォーム」を通じて、暮らしの中での選択が、自然と環境にもやさしい方向につながっていく。そんな生活文化のようなものを育てていきたい。そして、そうした積み重ねの中から、新しい制度や仕組みが生まれることを、行政としては大いに期待しています。
本多さん 市民や事業者のアイデアが芽となって、そこから制度の種が生まれる。行政がそれを受け止め、育てていく。そうした循環が回り始めれば、環境と経済を両立させていく道筋が見えてくるはずです。
−−最後に、これから「2050京創プラットフォーム」を支えていく仲間や参加者に向けて、メッセージをお願いします。
古園さん もし何かちょっと気になることがあれば、それはすでにこのプロジェクトの一員になれる入り口だと思います。暮らしの中での小さな関心からでも構いません。どうぞ、気軽に覗きに来てください。
本多さん 脱炭素という言葉にとらわれすぎず、まずは暮らしをちょっと見直すところから始めてもらえたら嬉しいです。その延長線上に、ちゃんと未来はつながっていくと信じています。
終わりに
「2050京創ミーティング」の対話を通じて改めて実感したのは、市民や事業者が主役となり、自らの意思とアイデアで動いていく構造の力強さです。それを行政が「伴走者」として支える形は、今後の持続可能な社会づくりにおいても有効なモデルとなるでしょう。
脱炭素という壮大で抽象的にも思える目標を、暮らしの中での選択や行動に落とし込んでいくこと。そこから新たな制度や仕組みの芽が生まれ、やがて地域全体の文化として根づいていく……。この先のフェーズでは、「対話から仕組みへ」「共創から共振へ」と、その輪がさらに広がっていくはずです。
京都市環境政策局
地球温暖化対策室では、「京都市地球温暖化対策計画」および「2050年ゼロカーボンシティ」の実現に向けて、市民・事業者・行政が一体となって取り組む地球温暖化対策を推進しています。
再エネ導入や省エネ促進などのエネルギー対策、公共交通・自転車利用の促進、脱炭素ライフスタイルの普及啓発、環境教育の推進など、あらゆる分野における取組を通じて、持続可能な社会の構築を目指しています。 地球温暖化対策室の記事一覧へ >
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