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宮下 拓己さん
株式会社ひがしやま企画代表
インタビュー・文:小倉 ちあき
撮影:原 祥子
Stories2025.12.09
Vol. 26
路地の先に、人が集う。Com-ionが京都・岡崎に拓いた、新しい「余白」
2025.12.09
インタビュー・文:小倉 ちあき
撮影:原 祥子
※本記事は、2025年春に取材・執筆した内容をもとに構成しています。
Com-ionを立ち上げられた宮下拓己さんは、2025年7月に急逝されました。ご家族のご意向により、当時語られた言葉をそのままの形でお届けします。

ーーー

2025年3月、京都・岡崎の路地裏に、新しい「余白」が誕生しました。築110年を超える町家をリノベーションした複合施設「Com-ion(コミオン)」は、オールデイダイニング、スタンドコーヒー、陶芸工房、コワーキングスペースが有機的に共存する、街に開かれた場所です。

運営するのは、同じく京都・岡崎にある人気レストラン「LURRA°(ルーラ)」の創業者である宮下拓己さん。食卓を囲むという行為をきっかけに、暮らしの輪郭を描き直し、「動詞」が自然と生まれる心地の良い空間を模索しています。

Com-ion立ち上げの背景とその思想、そしてこれからの京都に求められる「居場所」について考えます。
目次

「一緒に何かをする」余白をつくる。Com-ionという試み

−−今日はお時間ありがとうございます。まずは、簡単に宮下さんの自己紹介をお願いします。

2019年に「LURRA°ルーラ」というレストランを仲間3名で立ち上げました。そこでは「日本の季節と文化のショーケース」をコンセプトに、自然や風土に根差した料理を提供しています。LURRA°では、いわゆるファインダイニングの形式をとっていますが、それ以上に「人と自然の関係性」をどう伝えるかを大切にしてきました。

−−そんな宮下さんが、新たにオープンした複合施設が「Com-ion(コミオン)」ですね。

はい。株式会社ひがしやま企画という新会社を設立し、「Com-ion」を運営しています。

「Com-ion」という名前についてですが、「com-」と「-ion」で“共に何かをする”という意味を持っています。あえて名前の中央にハイフンを入れたのは、そこに“空白”を生むため。その空白に、人や出来事が入り込んで、意味が変わっていく。たとえば、「パンを共に食べる仲間」のように、関わる人によってその空白が書き換えられるような施設にしたいと思いました。

−−関わる人の数だけ意味が生まれていく、と。

そうですね。それは僕たちだけで完結させるのではなく、近隣の方々や訪れるゲストと一緒につくっていく空間です。Com-ionは、そんな“余白”を宿した場所として、2025年3月26日にオープンしました。

−−立ち上げたきっかけは何だったのでしょう?

大きくは二つあります。一つはコロナ禍で社会全体が足を止めざるを得なかった時間、もう一つは自身に子どもが生まれたことです。

コロナ禍は本当に、変化が必然的に起きたタイミングでした。それまで僕も19歳から飲食業に携わってきて、長年料理と向き合ってきました。そんな中、コロナ禍で何もしない時間が突然できたんです。コロナ禍で、「食べること」「囲むこと」が簡単ではなくなったとき、あらためて“共に食卓を囲む”という行為の意味を深く考えるようになったんです。

−−その問いの先に、「場」をつくるという選択肢が浮かび上がった?

そうですね。誰かの居場所になるということ。食べることは生きることの最小単位であり、最も根源的な営み。その周りにある空間、時間、人との関係性を包み込むような場をつくりたかったんです。「誰が来ても安心して過ごせる場所」「異なる人たちが混ざり合う場所」が必要なんじゃないかと。子どももお年寄りも、地元の人も観光客もみんな混ざり合える。それが今のCom-ionの出発点でした。

 

心地良さを生み出す、4つの空間

−−Com-ionはとても素敵な建物ですね。どのようにして物件を見つけられたのでしょうか?

ここから徒歩3分の場所にLURRA°があるので、以前からよく通る道でした。長らく空き家で、廃墟寸前の状態になっていたのを見て、「このまま朽ちてしまうのはもったいない」と思っていました。ランドマーク的な場所にあり、4年半前に初めて中を見せてもらってからは、「やるならここしかない」と。

−−岡崎エリア自体の魅力も大きかったのでしょうか?

まさに。この10年、15年でロームシアターや京セラ美術館といった文化施設が整備されたことで、街としての表情が豊かになりました。観光と暮らしが交差する“余白”のある街というか。動物園や公園もあって、子ども連れの姿もよく見かけます。ここなら、暮らす人々の日々の営みがきちんと感じられる場になるんじゃないかなって。

−−Com-ionには、さまざまな空間が共存していますね。

全部で4つの空間があります。まずは僕たちが運営するオールデイダイニング「HiTOHi」とカフェショップ「ほとり」、そして清水焼のブランド「時の端」、コワーキングスペース「Soil work」です。これらはすべて、単独の施設というよりも、相互に関係しあって“場”を成している感覚ですね。

まず、中心となるダイニング「HiTOHi」は、朝・昼・夜と移り変わるオールデイダイニングです。火が灯る場所に、自然と人が集まる。一日を通して火が灯り続ける食卓のような場所にしたいという思いから生まれました。朝は窯焼き料理のプレートを、昼は薪火で仕上げた京都の旬の食材を使ったアラカルト、ディナーにはコース料理をご用意。調理場では、常に薪の火が炊かれ、皆さんのひとときをあたたかく見守っています。

−−4つの空間は、それぞれどのような役割を持っているのでしょうか?

「時の端」は、ものづくりの現場をもっと日常の中に取り戻したいという思いから始まりました。僕自身、京都に住んで8年になりますが、意外と工房や職人さんの手元に触れる機会が少ないと感じていて。ものづくりをしている企業の方と会うことはあっても、実際の現場や作業に立ち会える機会は本当に限られていました。

それならば、自分たちの施設の中に、ものづくりを“見て”“体験できる”場所を作ろうと。そんな時に、清水焼ブランド「時の端」の代表・清水さんの顔が浮かび、すぐに連絡しました。物件もまだ見ていない段階で「やります」と言ってくださって(笑)。

ショップに併設されている工房では、職人の手仕事を間近に見ることができます。目の前で製作の様子を見た後に、その場でも購入可能。

もちろん、ダイニング「HiTOHi」の器でも使っていますし、焼成中に割れてしまった器や、少し歪んだB品なども、スタッフが「これも味があって面白い」と楽しんで、そのまま使っているんですよ。そういう偶然も含めて、この場所ならではだと思っています。こんな贅沢なことはなかなかないでしょう。

−−最高ですね!

カフェショップ「ほとり」は、 “余白”のための場所です。実は川沿いの歩道から見ると一番近いのに、アクセスしようとすると少し遠回りになります。そんな“構造としての余白”をあえて設けた場所なんです。「ほとり」という名前には、川のほとりだけではなく、鴨川に佇む鳥のような“安全地帯”という意味も込めています。人がふと立ち止まって、安心できる場所をつくりたかったんですよね。

「ほとり」の2階はギャラリーやイベントに活用できる無目的スペースです。あえて「多目的」と言わずに「無目的」と呼んでいるのは、意味を与えすぎず、関わる人たちによって未来を描く場にしたいから。イベントを通して、偶然の出会いがあったりすることで、Com-ionとゲストという間柄を超えた仲間がこの場やエリア全体に増えていけばいいなと考えています。

−−コワーキングスペースが併設されていることもユニークだと感じました。

コワーキングスペース「Soil work」を設けたのは、僕たちが普段なかなか出会わないような、デザインやプログラミングなど多様なクリエイティブワークの担い手とつながる場所をつくりたかったからです。

Com-ionそのもののあり方も、さまざまな方と一緒に未来を描いていけたらという構想がありました。そのための色々な働き方を受け入れる、“土壌”としてのコワーキングスペースです。

 

再生の選択と手の記憶。町家リノベーションと木の物語

−−Com-ionの建物自体にも、持続可能性へのこだわりが込められていると伺いました。

鉄骨を極力使わず、できる限り木の継手や伝統技法を用いて補修・補強を行いました。プラン設計から数えると3年かかっていますね(笑)。時間がかかっても「壊す」のではなく「生かす」という選択を取りたかったんです。

建物ってよく「ハードとソフト」なんて言い方をされますけど、僕はそれを「ハウスとホーム」と捉えています。建物という“器”がハウスなら、そこに人の関係性が育まれる場がホーム。Com-ionはまさに後者であるべきだと考えました。

リノベーションに着手した時点で、建物はかなり歪んでいて、母屋で10cm、川沿いに面した棟では30cmも傾いている状態。基礎からやり直しながらも、あくまで解体ではなく再生にこだわりました。

−−それは大変な作業でしたね…。

空間設計も、建物のかたちに合わせて考えていきました。たとえば1階のダイニングスペースには、動線的には邪魔ともいえる4本の柱が残っています。普通なら取り除くかもしれませんが、あの柱こそが「家らしさ」や「時間の痕跡」を象徴していると感じたんです。

僕にとっての心地よさって、綺麗さや安心感だけではなくて、懐かしさや暮らしの匂いのような、人がそこにいた証そのもの。土壁なども残せるところは残して、必要最低限の補強で済ませました。「ここを直したい」「ここはそのままがいい」と、現場で大工さんたちと何度も対話しながら、少しずつ“居場所”をつくっていった感覚です。

−−それを聞くと、まさに「生き続ける建物」ですね。

そうなんです。工事の中で出てきた栗や杉の木材など、通常なら廃材として処理されるものを「何かに使えないか」と、信頼する職人仲間に依頼して手作りのカトラリーに仕立て直すことにしました。

110年以上支えてきた柱の一部が、今はスプーンになって、お客さんの手にある。それってすごく豊かなことだと思うんです。建物の歴史が人の暮らしに溶け込む感覚というか。

−−物語のあるカトラリーなのですね。そうした選択の積み重ねが、この空間にある「心地良さ」や「あたたかさ」につながっているんですね。

 

「人」と「動詞」が息づくための、ほかほかの土壌

−−「動詞」は、宮下さんの中ではキーワードなのですね。

「食べる」「休む」「歩く」など、人間らしさはそうした動詞に宿ると思っています。動詞って、名詞化されるどこか作業的になってしまうと思うんです。たとえば「クック(cook)」という動詞が「クッキング(cooking)」になると、どこか作業っぽくなる。料理を“する”という能動性が、徐々に“されるもの”に変わってしまう。それって面白くないなと思っていて。だからこそ、動詞を育てる場を意識してつくっています。

−−動詞を育てる場とは、どんな場所なのでしょうか?

僕は世の中にあふれる“与えられた動詞”じゃない、もっと自然発生的な動詞を大事にしたいと考えています。例えば、陽だまりって心がほっとしません?こういう心地よさを感じる瞬間って、国籍も年齢も関係なくると感じていて。そういう感情を作り出していくのが、とても大事だと思っていますし、ここでそういう動詞を作っていく必要があると感じています

ふと何かをしてしまうような、そんな瞬間を育てられる場所が、Com-ionでありたいと思っています。

−−これからCom-ionは、街に関わる機会も増えていきそうです。どんなふうに育っていくのでしょうね。

街に対して、僕たちと同じような思いを持つ人たちがいて、そういう人たちにテナントに入ってもらったり、一緒に何かできたりしたら嬉しいですね。Com-ionっていう場は、ある意味とても自由で、施設の名前であり、施設の名前でもない。たとえばこの岡崎エリアに新しく宿ができて「自分たちでやります」と言っても、それはCom-ionの一部かもしれない。賛同してくれる人が土産屋さんを始めても、それはCom-ionの傘の中かもしれない。そんな広がりを、一緒に作っていきたいと思っています。個人的には、いつかここで地蔵盆ができたら嬉しいですね!

−−活動があって、その中心にCom-ionがある、というようなイメージですね。

そのために、会社名も「ひがしやま企画」として、街の名前を入れました。おじいちゃんやおばあちゃんにも、誰にでもすぐに分かるような名前にしています。

これからは、「こうあったらいいよね」という意見が自然に生まれてくる、そういう空気感を大事にしたいと思っています。少しずつ近所の方も来てくださったりしています。それらの声を拾い集めて育てていくためにも、Com-ionそのものの“土壌”がほかほかである必要があると感じていて、それを今は一番大切にしています。

 

路地の先に京都の暮らしを見つける

−−最後に少し先の未来について伺いたいです。2050年、京都にはどんな場所が必要だと思いますか?

「歩ける街」ですね。歩いて気づける発見がたくさんある街にしていきたい。そのためには、立ち止まれる場所、休める場所が必要です。たとえば、10年かけて20個の面白いベンチを作ったら、それだけで誰かの歩く理由になるかもしれない。

−−街を巡ることが目的になるような。

そうですね。あとは、「日常の延長としての体験」でしょうか。Com-ionを運営していて、先日、「これだ」と感じた風景があって。平日の夕方ごろに海外から来たゲストが「ほとり」でコーヒーやビールを購入して、中庭に腰かけて、静かに1時間ほど時間を過ごしていました。その姿がとても印象的で

京都って特に、「京都っぽさ」みたいなものが演出されやすいというか、観光テーマパーク化しやすい街だけれど、本来の魅力は暮らしの延長にあると思うんです。その中で偶然たどり着いた路地裏のCom-ionに、静かで穏やかな時間が流れる。そういう“発見”のある場所をつくれたことが、とても嬉しいです。

−−観光ではなく、暮らしに触れる時間って豊かですね。

京都って、やっぱり暮らしが感じられる街なんですよね。観光向けに最適化されたフォーマットからこぼれ落ちてしまい、本来の良さが、見過ごされがちです。けれど本当の価値は、そんな“日々の暮らし”にあると思うんです。町家が並ぶリズムも、過去から続く営みも、少しでも次の世代に繋いでいけるような「余白ある街」でありたい。今、そのための種まきをしているような感覚です。

 

終わりに

Com-ionのある岡崎エリアは、美術館や動物園、劇場などが共存しつつ、散策に適した余白のある場所です。文化と暮らしが交差する環境があるからこそ、Com-ionのような場所が意味を持つのでしょう。

京都は観光都市ですが、その背景には当然、日々を積み重ねてきた暮らしがあります。路地の裏に息づく暮らしの気配。そうしたものが、本当の街の魅力です。「意識をそっと日常に向けてみる時間」、それこそが京都という街を未来へシフトさせる鍵になるかもしれません。

取材のあとも、宮下さんはCom-ionを拠点に、地域や人をつなぐ活動を思い描いていました。 現在はその思いを受け継ぎ、社員メンバーが中心となってCom-ionを運営されています。

本記事の公開にあたり、宮下さんのご家族から温かいお言葉をお寄せいただきました。ここに、奥様・宮下千由美さんのメッセージをご紹介します。

ーーー

「拓己の描いた未来を引き継ぎながら、今後の新たな変化も乗りこなしていけるよう、メンバーとともにCom-ionを育てていきます。朝、昼、夜と多様な過ごし方ができる施設です。ぜひ遊びにいらしてくださいね。」

妻・宮下千由美

ーーー

※本稿は、2025年春に取材・執筆した内容をもとにしています。 宮下さんの言葉は、今も私たちに多くの気づきを与えてくれます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2050MAGAZINE 編集部一同

Profile
Com-ion
複合施設

住所 :京都府京都市東山区堀池町382-1
営  :HiTOHi
    モーニング 8:30〜11:00 (10:00 l.o)
    ランチ 11:30〜15:00 (14:00 l.o)
    ディナー 18:00〜/19:30〜
    ※ディナーのみ前日22時までのご予約です。
    ほとり 10:00〜17:00
    時の端 10:00〜18:00
    Soil work
    会員様 8:30〜22:00
    ドロップイン 10:00〜18:00
休  :月・火(祝日はオープン)

※営業情報は2025年12月時点のものとなります
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宮下 拓己
株式会社ひがしやま企画代表

食が唯一”五感が使えるアート”だと感じ、高校卒業後「辻調理師専門学校」、上級のフランス校へ。首席で卒業し「ミシェル・ブラス」で研修。帰国後、大阪の三ツ星レストランに。そこでサービスを経験し食の背景を伝える大切さを知る。東京のレストランでソムリエの資格を取り、オーストラリアへ。ソムリエの知識を深め、NZの「Clooney」のヘッドソムリエに。2019年「LURRA°」をオープン。
2024年にはレストランの枠を越え街への関わりを深めるため株式会社ひがしやま企画を立ち上げ、同年11月、文化複合施設「Com-ion」をオープン。

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Writer
小倉 ちあき
ライター
地域・アート・暮らしの領域で主に活動。インタビュー・作品執筆・編集など。企画・取材に合わせて、各地を移動する。情報と知識の境界線を越えて、有機的につなぎあわせる編集術を日々模索する。
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