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岸田 繁さん
作曲家 / 京都精華大学特任准教授
安居 昭博さん
サーキュラーエコノミー研究家
インタビュー・文:土門 蘭
撮影:原 祥子
Stories2022.10.14
Vol. 02
【くるり 岸田繁 × 安居昭博】京都音博の“変化”から見えてきた、音楽とサーキュラーエコノミーの意外な関係性
2022.10.14
インタビュー・文:土門 蘭
撮影:原 祥子
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「サーキュラーエコノミー」という言葉をご存知でしょうか?
リサイクルやアップサイクルのように「出てしまったゴミを再利用する」のではなく、「そもそもゴミを出さない」という考え方のもと仕組みづくりを行う、循環型経済のことです。

今年で16回目を迎えた音楽イベント「京都音楽博覧会」(以下・京都音博)では、そんなサーキュラーエコノミーのエッセンスを加え、新しい取り組み「資源が“くるり”プロジェクト」をスタートしました。その内容は、「梅小路公園に “コンポスト” を設置して、フードエリアで出る食材の使い残しや食べ残しを堆肥に変える」、そして「本来まだ美味しく食べられる京都の廃棄食材を活用し、アイスクリームを製造・販売する」というものです。

今年、大きく変わろうとしている京都音博。ここからどんなふうに「持続可能な音楽イベント」を目指していくのでしょうか?

京都音博主催のロックバンド・くるりの岸田繁さんと、今年京都音博にアドバイザーとして参加するサーキュラーエコノミー研究家の安居昭博さんに、お話をうかがいました。
目次

「京都音楽博覧会」とは

京都出身のロックバンド・くるりが主催している、音楽イベント。略称は京都音博(キョウトオンパク)。2007年より京都市の梅小路公園で毎年開催され、国内外のさまざまなアーティストが出演し、毎年多くの観客で賑わう。

「環境・文化・音楽」をテーマに、これまでにもリユース食器の利用や、なるべくゴミを出さない取り組み、クラウドファンディングでの芝生の整備・再生など、環境に配慮しながら開催。2020年と2021年はコロナ禍でオンライン配信のみとなったが、今年2022年は3年ぶりに現地での開催が決定しており、公園内にコンポストを設置する「資源が“くるり”プロジェクト」をスタート。16回目は、2022年10月9日開催。

公式HP:https://kyotoonpaku.net/2022/

撮影:井上 嘉和

来たときよりも、きれいにして返したい

土門 蘭(以下、土門) 今回はお二人に、今年の京都音博がどんな変化に挑戦しているのかをうかがえたらと思っています。2007年から始まった京都音博ですが、丸15年が経ちましたね。16回目の京都音博はどんなテーマなのでしょうか?

岸田 繁さん(以下、岸田さん) 昨年、一昨年は、コロナ禍ということで梅小路公園では開催せず、配信のみで楽しんでいただきました。今年は久しぶりにお客さんに来ていただくので、それだけで大事件ですね。

もともとコンセプトをがっちり決め込んでいるフェスでもないし、そもそも自分たちでは「フェス」とは言っていなくて「博覧会」と呼んでいるんです。あくまでも、くるりの音楽趣味が高じて作った、音楽の多様性に出会える場所ということで、15年間続けてきました。

ただ、アーティストが音楽イベントをやるのって、大変なんですよ。しかもこのコロナ禍で音楽業界がかつてない苦境に立たされてしまった。その中でこんな大きなイベントをやるのって、自殺行為に近い。ビジネス的にやるメリットがほぼなく、持続不可能なんです。


写真下:コロナ禍で開催した京都音博(撮影:井上 嘉和)

土門 持続不可能、ですか。

岸田さん これだけ大きなイベントをやるときには、イベントのプロが現場を担当するのが通常です。でもそれをアーティストがやるとなると、やっぱり自由な発想になりがちで、それを支える後ろ盾がないんですね。「音楽って楽しいね」だけで持続できるものではないんです。

それでも京都音博は、スポンサーもつけず、うちの事務所とイベンターだけで運営をするという、かなり素朴な形で長く続けてこられました。地域にもだんだんと根付き始めて、ここ数年はそれを今後どのように続けていこうか?と、もやっとしていた時期でもあったんです。

岸田さん 私たちもベテランの部類に入ってきたし、公共の公園で多くの方にご来場いただくイベントとして、お客さん、出演者、地域の皆さんと、全方位に対して良いフィードバックをできたらな、と。

土門 はい、はい。

岸田さん その一環で、これまでも環境に対する取り組みとして、リユースの食器やゴミの分別の徹底などをしてきました。とはいえ、僕は基本的に音楽を通して社会問題について啓蒙するのってアンチなんですよ。音楽そのものと人の考え方を動かすシステムは、切り離すべきだと考えているんです。

そんな中でもエコに取り組んできたのは、単純に「来たときよりもきれいにして返したい」って思っているから。僕自身は梅小路に住んでいるわけではないので、お邪魔してやらせてもらっているという感覚なんですよね。

岸田さん 京都音博は京都駅から徒歩15分の場所でやっているイベントで、「普通の生活」の延長線上で来ていただくところです。それなので、お客さんにとっても気軽に来られて、地域の人たちにも気持ちよく感じていただけるように、もっと何かできないだろうか、と思っていました。

土門 なるほど。

岸田さん そこで、何か新しいことをしている人たちに参加してもらおうと思いました。シンパシーを感じられる方と新しいやり方を模索できないか、と思っていたところに、サーキュラーエコノミー研究家の安居さんを紹介していただいたんです。

土門 それで今回挑戦される「資源が“くるり”プロジェクト」に繋がったのですね。

 

イベントの形自体を変えないと音楽は守れない

土門 このプロジェクトの内容ですが、梅小路公園内にコンポストを設置して、フードエリアで出る生ごみを堆肥に変えるなんて、とても画期的な取り組みですよね。

岸田さん はい。僕はこういうの全然考えつかないんですが、コンポストの話を聞いたときには、「変わったことを言っているようやけど、これが普通になったらすごくいいな」と感銘を受けました。「生活の延長線上」として自分たちを迎え入れてくれているこの場所で、楽しい動きを起こすことができるチャンスだと思ったんです。

持続可能なイベントにするためには、イベントの形自体を変えていかないといけません。すぐに一気にはできないけれど、そうしないと大好きな音楽は守れないなっていう危機感はやはり感じています。

岸田さん だから、小さなことからコツコツと、とりあえずやってみるのが大事だと思うんです。コンポスト自体も、それが実際どれくらいの時間がかかってどうなって肥料になるのか、肌で体感しないとわからない。相当手間のかかることだとは思いますが、これが普通になるかもしれないと思うと、ワクワクしますよね。

土門 安居さんはいかがですか?

安居 昭博さん(以下、安居さん) 私は今年の京都音博に、サーキュラーエコノミーに関するインプット役として企画参加しているのですが、このコンポストプロジェクトはいずれ大きな動きになるんじゃないかと思っています。岸田さんが先ほど「京都音博は生活の延長線上にある」とおっしゃっていましたが、このプロジェクトの肝はまさに、「京都音博だけで終わらない」ことなんですよね。

例えば、サーキュラーエコノミーを実装しているオランダの「DGTL(デジタル)」という音楽フェスがあるのですが、そのフェスの主催者は、イベントの廃棄物をなくすなどの取り組みを通して「世界で一番グリーンなフェスを目指している」と話しています。彼らはそのフェスを、アムステルダムの街での「(いい意味での)社会実験の場」として位置付けているんですよね。音楽フェスを新しい取り組みのキックオフ的な位置づけにして、そこから生まれた仕組みを、フェスが終わったあとも地域の中に根付かせていっているんです。

岸田さん はい、はい。

安居さん 京都音博でコンポストプロジェクトをキックオフすれば、自然といろんな方が関心を向けてくれるし、イベントが終わった後も、梅小路周辺の住民の方や飲食店の方に関わってもらえて、コンポストを継いでいけます。このプロジェクトはまさに「生活の延長線上」であることと相性が良く、意義があることだと思いますね。

 

「廃棄が出ない」仕組みづくり


土門 ここで改めて、「サーキュラーエコノミー」とは何なのかについてうかがってもいいですか?

安居さん 実は、私が一番よく聞かれる質問として「サーキュラーエコノミーは、リサイクルやアップサイクルとどう違うんですか?」というものがあるんです。

まず、リサイクルやアップサイクルは、これまでの大量生産・大量消費が元になっています。例えば、廃棄ペットボトルやマイクロプラスチックをリサイクルするときって、設計時には「廃棄される」ことが前提になっているんですね。一方でサーキュラーエコノミーでは、設計時からすでに「廃棄が出ない」仕組みづくりが実装されているんです。

安居さん 医療で例えると、リサイクルは対処療法的に延命措置を測るのに対して、サーキュラーエコノミーは予防医療のようなもの。最初からなるべく廃棄が出ない仕組みを整えるのが特徴です。

土門 なるほど。

安居さん じゃあ、「廃棄が出ない」仕組みって本当に実現できるのか、ともよく聞かれるのですが、実は今日穿いているジーンズがまさにその仕組みで作られたものなんです。これはオランダの企業が開発した、世界初のサーキュラーエコノミージーンズ「マッドジーンズ」と言います。

岸田さん へえー。

安居さん 私はこのジーンズは購入せず、月額制でリースしています。履き潰したら企業に返却するのですが、企業はそれを繊維に戻して、また新しいジーンズとして私たちに供給してくれるんです。

岸田さん サブスクリプションですね、ある意味。

安居さん はい。ただ、じゃあすでにある製品をサブスクにすればサーキュラーエコノミーになるのかと言うと、そうではないんですね。「マッドジーンズ」は製造時から「いつか返却されて繊維に戻す」というプロセスが明確になっているので、背中側にある革のラベルが最初からなかったり、ファスナーではなくボタン式にされていたりと、繊維に戻しやすい設計デザインになっているんです。

まさに今、京都音博でも「廃棄が出ない」仕組みづくりを考えてコンポストを実装しようとしています。生ごみが出てから「どうしよう」と考えるのではなく、始まる前から仕組みづくりを行っている。まさにサーキュラーエコノミーの本質的な取り組みだと思いますね。

岸田さん 僕は音楽家なので、何を考えても音楽に落とし込んでしまうんですけど、今の安居さんのお話からもたくさんヒントをもらいましたね。

音楽でもね、「ゼロからの作曲はなかなか存在しない」っていう説があるんですよ。どんなに優れた音楽家も、小さい頃からいろんな音を聞いて育って、脳に記憶されて、そのバラバラな記憶を結びつけて曲になっているんだ、という。

岸田さん つまり、曲を作っているとたくさんゴミが出るわけですよね。没になった曲とか、打ち捨てられたアイデアとか。脳の中がゴミだらけになっていくんです。

安居さん へえー、そうなんですね。

岸田さん 新しいものを生み出すには、空間を空けないといけない。そのために脳の中のゴミをうまく活用して組み合わせたりするんですけど、作曲にはそういうのがすごく大事なんです。美しい曲を聴いたとき、「どれだけ美しい体験をした人がこんな曲を作るんだろう」ってよく思うんですけど、実は冷蔵庫の中の腐りかけのものだけでうまく作られていたってことがよくあります。

音楽を作る際にはアイデアを無駄にしないこと。それは一音楽家としては時間をかけて説明していきたいと思っていることなので、サーキュラーエコノミーの話には親和性の高いヒントがあるような気がしました。

 

「やらなくてはいけない」から「やりたい」へ

岸田さん 安居さんに聞きたいなと思っていたことがあるんですけど、安居さんにとってサーキュラーエコノミー実践の原動力になっているのって、どんなことなんでしょうか?

安居さん 僕はオランダとドイツに5年いたのですが、そこで衝撃を受けたのが、「エコ」とか「サーキュラーエコノミー」といったものに対する、市民の態度だったんです。

日本では「やらなくてはいけない」という義務感がありましたが、ヨーロッパではむしろ、イキイキ、ワクワクしながら取り組んでいる人がたくさんいた。その活動の中に生きがいややりがいを見出していることに、自分もいつの間にか引きつけられていました。

岸田さん みんな、喜んで取り組んでいるんですね。

安居さん 例えば生ごみも、捨てればただのゴミですよね。でもコンポスト化すれば堆肥ができるだけじゃなく、それまでになかった「人との繋がり」も生まれます。

まず生ごみ堆肥化のために籾殻(もみがら)を集めようとすると、自然とお米農家さんとの繋がりが生まれる。さらに作った堆肥を使ってくれる農家さんとも繋がれるし、そこでできた野菜を卸す飲食店さんとも繋がれます。それがメディアで紹介されたら、他の地域の方も「うちでもやってみたい」と思うかもしれない。

「生ごみ」という問題に向き合ったことで、新しい人と人との繋がりが生まれて、むしろ豊かに幸福になれる。そういった認識は、日本で見ていた「リサイクル」や「アップサイクル」といった取り組みにはなかったもので、すごい可能性を感じたんです。

岸田さん なるほど。残飯やゴミを出すことが罪悪感につながると、どうしてもゴミを減らすことやエコであることが義務感になりますよね。僕らも音楽を作るとき、「こういう曲を作るためにはこうしなくちゃいけない」と思うと、だんだん楽しくなくなってくるんですよ。

だけど、安居さんの話ってすごく楽しそうに聞こえる。今のお話には、「生ごみを減らす」ことを楽しめるきっかけやヒントが転がっているような気がしますね。

土門 「やらなくちゃいけないから」ではなく「楽しいから」が動機になる。それは大きな価値観の転換ですよね。

 

ジャズとサーキュラーエコノミーの共通項

岸田さん ちなみに、安居さんはどんな音楽が好きなんですか?

安居さん 大学ではジャズ研に所属していて、コントラバスのベースを担当していました。多分授業よりも部室で練習していた時間の方が長いんじゃないかと。

岸田さん へえー、ジャズなんですね。好きなベーシストは?

安居さん レイ・ブラウン、ジョージ・ムラーツ、ポール・チェンバース、クリスチャン・マクブライド……1950〜60年代のジャズが好きですね。

岸田さん なるほど、ミンガスとかは?

安居さん ミンガスも好きですね。「直立猿人」。

岸田さん 僕はジャズの作曲家の中で、ミンガスが一番好きなんです。

安居さん そうなんですね! それはぜひ聴き直してみます。実はジャズ的な発想も、サーキュラーエコノミーに生かされているなと思うんですよ。

岸田さん うん、似てますよね。

安居さん 例えば、今年の京都音博にはもうひとつの「資源が“くるり”プロジェクト」の取り組みとして私も出店する予定なのですが、それは京都の特別なアイスのお店なんですね。伏見の酒蔵さんから出る酒かすとか、製餡所でこしあんを製造するときに出るあずきの皮とか、京都でロスになっている食材を使ったアイスを、京都の一流シェフの方々にレシピ開発してもらって提供しようと思っているんです。

酒かすもあんこの皮も、京都だからこそ集まる食材です。そして、食の都ということで、素晴らしいシェフの方々との出会いもありました。そういった人・モノとの出会いを即興的に組み合わせて、その地域に合わせて掛け合わせるというのは、ジャズで培われた頭の使い方なのかな、と思うんです。

岸田さん よくわかります。安居さんはリズムを支える側のベーシストですからね。ベースって、ハーモニーの構造もリズムの構造も全部決めてしまうじゃないですか。ある程度決まった和音進行の中に、僕みたいな訳のわからんサックス吹きがやってきたときに、「じゃあどう行こうか」って考えて会話してくれているような気がします。ジャズがお好きっていうのと、ベーシストっていうのを聞いて、私だけかもしれないけど合点がいきました(笑)。

安居さん そういう意味で言うと、関わる人に関してもそうなんですよね。ジャズって、ずっと同じメンバーで演奏することがあまりないんです。

岸田さん ああ、そうですよね。

安居さん ジャズでは、今回はベースとピアノだけでやろうとか、今回はフロントにサックスも加えようとか、いろんな編成でセッションするんですけど、それはサーキュラーエコノミーの活動とも共通しているように思います。

「京都であればこの人たちとこれをしたい」「秋田であればこの人たちとこれをしたい」など、その土地その土地でさまざまな人間関係やコミュニケーションを築いていくやり方は、ジャズのバンドセッションと似ているなと感じます。

土門 おもしろいですね。「サーキュラーエコノミー」というリズムがあって、そこに人やモノといったメロディが乗ることで、何が生まれるのか……という。

 

やりながら学んでいく「learning by doing」

安居さん そういったものから生まれるものって、正解・不正解がないんですよ。なのでサーキュラーエコノミーでは、「learning by doing(やりながら学んでいく)」という考え方があるんです。

岸田さん へえー。

安居さん 今私たちが直面している問題は、どれも前代未聞です。フードロス、気候変動、マイクロプラスチック、それにコロナ、ロシアによるウクライナ侵攻……これまでになかったアプローチが必要なものばかりですよね。私たち個人にしても、日常生活の中で100%確かなことなんてない。ただ、確かじゃないからといって何もしないのでは、何も生まれません。

「learning by doing」という思想は、「より良くなりそうならまずはやってみる。やる中で、より良くしていけばいい」という考え方です。音楽だって一緒で、何かを恐れたら楽器で音を出すことすらできなくなってしまいますよね。そこで心の支えとなるのは、やっぱり周りの人と一緒にやることだと思うんです。

岸田さん うんうん。

安居さん 今回の京都音博でのコンポストプロジェクトも、「まずはやってみる」が大事なのだと思います。そして京都音博だけで完結するのではなく、長期的な目線で見て、来年以降どう発展させていくか。そのように「やる中でより良くしていく」という考え方が、相性が良いのではないかと思います。

岸田さん 僕も、まったく同じように考えています。京都のことをとっても、市政やお金、人口減少など、大変な課題が山積みですよね。そんな中で、京都の人たちって基本的には新しいもの好きなんやけど、「自分から動くのはちょっとな」っていうタイプの方が多い印象があります。最初は様子見してるんやけど、ちゃんと成功したことには自信を持てる人が多いなって。

京都には使えるものが多くてポテンシャルもあるんだから、僕たち市民も義務感でやるんじゃなくて、楽しみながらやれることをしていけたら良いなと思いますね。「気は抜かへんけど、手を抜いて楽しめる」って言うんかな。そういうのは割と、京都らしい考え方のような気がします。京都音博をきっかけに、新しいものや考え方に触れてもらえたら良いなと思いますね。

 

「サーキュラーエコノミーと言えば、梅小路でしょ」

安居さん 実は今日、京都音博で実装される予定のコンポストと同じ方法で作られた堆肥を持ってきたんです。

岸田さん えっ!

安居さん コンポストって、「臭くないですか?」とか「できた堆肥で本当においしい野菜ができるんですか?」ってよく相談されるんですよ。そこで今日は、京都音博にもコンポストアドバイザーとして関わる鴨志田純さんと、熊本県の黒川温泉で作った堆肥をサンプルに持ってきました。彼は三鷹で鴨志田農園という農園を営んでいるプロの農家でありながら、堆肥のアドバイザーでもあるんです。

これ、温泉旅館の生ごみに籾殻や落ち葉を混ぜあわせ、京都音博と同じ方法で作った堆肥なんですけど、ちょっと嗅いでみてもらえますか?

岸田さん ……ふーん。うん、うん。

土門 どうですか?

岸田さん 全然臭くない。むしろ食べられそうな、好きな匂いですよ。なんか紅茶みたいな。

土門 ……あっ、本当だ。お茶みたいな良い匂いがしますね!

安居さん これは、生ごみ、籾殻、落ち葉、赤土をメインに作った、「完熟堆肥」と呼ばれる堆肥です。割合を整えて資材を混ぜると、落ち葉に生息している微生物が発酵して60度以上になって、病原菌や雑草の種子も死滅させることができ、農家さんにとっても有益な堆肥になるんです。

土門 なるほど、だから臭わないんですね。

安居さん さらに、従来の方法で育てた野菜と生ごみ由来の完熟堆肥を使った野菜で比較栽培をしたのですが、後者の方が生育が良くなっていたんです。しかも成分分析にかけると、硝酸態窒素イオン濃度が低い値になっている。これは野菜のえぐみの原因となるものなので、食べやすくておいしい野菜に育っている、ということになります。

このようにプロの農家の視点を取り入れていくことで、農家さんの野菜作りにもちゃんとプラスになるような、質の高いコンポストを目指しました。科学的分析も行いながらおいしい野菜づくりに繋げるコンポストは、実は欧州でもまだ少ないんです。

土門 へえー! それじゃあ、京都音博は最先端ですね。

岸田さん すごい。本当ですね。

安居さん 私の知り合いが、京都周辺の農家さんの野菜を、市内中心部の小売店や飲食店にトラックで届けているのですが、逆に市内から農家さんのもとへ帰るときには、トラックは空になっているんです。その光景って、今の私たちの社会を表しているなと思うんです。周辺の農家さんから一方的に野菜を買うだけで、私は何も返せていないなと。

だけど、今回京都音博でスタートするこの堆肥プロジェクトが軌道に乗れば、農家さんから野菜を届けてもらったトラックに、市内で作った有益なコンポストを乗せて返すことができる。まさにサーキュラーな、循環した仕組みづくりが京都でもできるんじゃないかと思います。

岸田さん なるほど。もともと梅小路って、平安遷都1200年事業として開発された場所なんですよね。それまでは貨物の宿で、特に何もなかったんです。そんな場所に森と公園がポツンとできて、最初のころはまだ近所の人以外誰も来ないような場所でした。そこで音博をすることになったとき「これをきっかけに活気付いたら良いよね」と話していたんですよ。そうしたら、何年も続けていくうちに本当に活気付いてきた。

これはただの思い込みかもしれないけど、僕、誰もいない居酒屋で飲んでいると、その店にお客さんが増えることがよくあるんですよね(笑)。そんなふうに招き猫みたいに、音博が梅小路にとって活気を集める存在になれたらいい。「コンポストと言えば、サーキュラーエコノミーと言えば、梅小路でしょ」ってくらいまでなれたら素敵ですよね。

 

現状維持ではなく、より良い仕組みを次世代に

安居さん 今、海外で注目されている言葉に、「リジェネラティヴ」というものがあるんですよ。

岸田さん 「リジェネラティヴ」?

安居さん 「環境再生」という意味なんですが、これは「サステナビリティ」や「サステナブル」よりもさらに上の、質の高い概念として捉えられているんですね。

「サステナビリティ」や「サステナブル」は、現状維持の意味合いが強いんです。「今の状態を50年先もキープする」という意味合いで使われますが、すでにマイナスの状態にあるものを次の世代にキープしても、マイナスであることには変わりありません。

安居さん キープするだけでは十分でない。いかに自分たちの取り組みで、より良い仕組み、より良い世界を次世代に残していくか……それが「リジェネラティヴ」という考え方なんです。

土門 なるほど。

安居さん 企業、自治体の取り組みだけじゃなく、私たち一人ひとりが関わることによって、この地域や街により良い仕組みを残していく。今回の京都音博のコンポストプロジェクトを皮切りに、そんな「リジェネラティヴ」な取り組みを進めることができたら、とても素晴らしいですよね。

岸田さん 本当にそう思います。音博15周年、次の目標は30周年だと思っているのですが、「いずれはくるりがいなくても続けられるイベントにしたい」と思っているんですよ。そのためにも、いろいろな人と繋がりを持ちながら、良いやり方を模索し続けていきたいですね。

取材協力:梅小路ポテル京都

Profile
岸田 繁
作曲家 / 京都精華大学特任准教授

1976年京都府生まれ。ロックバンド「くるり」のボーカリスト/ギタリストとして、98年シングル「東京」でメジャーデビュー。代表作は「ばらの花」「Remember me」など。ソロ名義では映画音楽のほか、管弦楽作品や電子音楽作品なども手掛ける。
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安居 昭博
サーキュラーエコノミー研究家

1988年生まれ。Circular Initiatives&Partners代表。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。ドイツ・キール大学「Sustainability, Society and the Environment」修士課程卒業。2021年、日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。2021年より京都市在住。京都市委嘱 成長戦略推進アドバイザー。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」。
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Writer
土門 蘭
文筆家
1985年広島出身、京都在住。小説・短歌等の文芸作品の執筆、インタビュー記事のライティングやコピーライティングを行う。著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』『経営者の孤独。』『戦争と五人の女』『そもそも交換日記』がある。
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