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蜷川 実花さん
写真家、映画監督、現代美術家
インタビュー・文:オギユカ
撮影(一部):佐々木 明日華
Interview2026.05.13
Vol. 31
世界をどう見るかは、自分で選べる。蜷川実花が語る、なにげない景色に見つける美しさとは
2026.05.13
インタビュー・文:オギユカ
撮影(一部):佐々木 明日華
京都の街に春の光が差し込む頃、北野天満宮の境内にはかつてない色彩と輝きがありました。2016年に誕生し、今年で10周年の節目を迎えた「KYOTO NIPPON FESTIVAL(KNF)」。日本の美と文化を世界へ発信するこの祭典に、2026年はアーティストの蜷川実花さんとクリエイティブチーム「EiM(エイム)」が参画し、さらなる進化を遂げました。

舞台は、学問の神様・菅原道真公を祀る全国天満宮の総本社、北野天満宮です。歴史の重みが息づくこの地での取り組みに掲げられたのは「時をこえ、華ひらく庭」という壮大なテーマ。本プロジェクトを象徴する作品の一つ、雪月花の三庭苑・梅苑「花の庭」に展開されたインスタレーション《光と花の庭》では、無数のクリスタルが木々に吊り下げられ、降り注ぐ陽光をプリズムのように拡散させています。梅のつぼみがほころび、満開を迎え、そして新緑へと移ろう時間軸と、その日その瞬間の光の変化という刹那の時間軸。二つの時間が交差する場所で、訪れる人は「同じ瞬間は二度とない」という真理を肌で感じることになります。

さらに、豊臣秀吉公が築いた史跡・御土居(おどい)に建つ茶室「梅交軒」には、いのちの循環をテーマにした《残照》が、そして風月殿にはダンスカンパニーDAZZLEとタッグを組んだイマーシブシアター《花宵(はなよい)の大茶会》が繰り広げられています。イマーシブシアター(没入型公演)とは、客席と舞台という従来の境界線を取り払い、観客が作品世界のなかを自らの足で歩き回り、登場人物と同じ空間を共有しながら物語を当事者として体験する新しい表現形式のことです。

今回は、日常にある「光」の見つけ方、そして未来の京都に私たちが残すべきものについて、蜷川実花さんにお話を伺いました。
目次

人生は「選択」の集積。イマーシブシアター《花宵の大茶会》が見せるもの

−−北野天満宮で上演されている《花宵の大茶会》。観客が自ら道を選び、異なるストーリーを体験するという形式は、新しい表現のかたちです。この作品に込めた「体験」の本質とはどのようなものでしょうか。

今回の《花宵の大茶会》には6つのストーリーを用意しました。会場内を駆け巡る6人のキャラクター、そのすべての物語を一度の公演で観ることはできません。どの登場人物を追いかけ、どの道を進むか。その選択によって、観客が持ち帰る体験は全く違うものになります。この形式は「人生」そのものだと思うんです。

私たちは常に、無数の可能性のからたった一つを選び取って生きています。今、この瞬間も、世界のどこかでは別の人生の可能性があるかもしれないけれど、そのすべてを同時に生きることはできません。何を選んだかによって見える景色は変わりますが、どれかが「正解」でどれかが「不正解」ということはない。今回の作品を作るに際して、大切にしているのはこの「世界は多層的であり、私たちはその一部を選択しながら歩んでいる」という実感なんです。

−−「自分で選択する」という行為は、写真で世界を切り取る行為にも通ずるように感じます。

父からのある教えが、私の土台になっています。5歳の頃だったでしょうか、新宿の雑踏の、2つに分かれた道の前で父にこう言われたんです。「もしみんなが右に行っても、実花自身がたった一人でも左だと思ったら、迷わず左に行ける人でいてほしい」と。

その言葉こそが、私に「自分の感覚に責任を持つ」という意識を植え付けたと思いますね。誰かが「これが美しい」と言ったからそう思うのではなく、どんなに小さなことでも、自分自身がどう感じたかを守り抜く。その態度は、今の私のクリエーションや世界との向き合い方に深く関わっています。作品制作においても、世間の流行や評価ではなく、自分の内側から湧き上がる「今、これを撮るべきだ」という直感を信じてシャッターを切るようにしています。

 

日常の「解像度」を上げ、世界の輝きに気づく

−−蜷川さんの鮮やかな作品は「ああ、世界ってこんなに美しいんだ」と思い出させてくれます。

特別ではない場所にも、光り輝く瞬間は必ずあります。それは、新しい景色を探しに行くことよりも、自分の「解像度」を上げることの方が重要だという意味でもあります。

©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery 蜷川氏が京都で撮影してきた作品の一枚

視点をほんの少し変えるだけで、見慣れた生活空間が驚くほど美しく見えることがある。私は、誰でも簡単にアクセスできる場所や、日々の生活圏内で写真を撮ることが多いです。街に咲く花や、窓から差し込む光。そうしたものを「美しい」と認識できるかどうかは、見る側の解像度にかかっています。

私の撮った写真を展示したり、Instagramに投稿したりすると「自分が住む街にこんな美しい瞬間があるなんて知らなかった」という感想をいただくことが多くて。そんな気づきを届けられることは嬉しいことです。

時間は絶えず流れていて、一瞬たりとも止まってはくれません。その流れのなかで、「あ、今の素敵だった」「これを残しておきたい」という感情が動いた瞬間にシャッターを切る。写真を撮ろうという意識で街を歩くことは、自分のなかにある感情のトリガーを探していく行為になります。


京都で撮影を行う蜷川氏の様子

 

移りゆくものの美しさと、京都で感じる「時間の堆積」

撮影:蜷川 実花

−−今回のイマーシブシアターで物語が目の前を流れていくように、「移りゆくからこそ美しい」という感覚は、蜷川さんの作品においてもテーマとしてありますか。

ものづくりの中心に、常にその感覚があります。日本人がこれほどまでに桜を愛するのは、満開の美しさだけでなく、それが一週間後には必ず散ってしまうという「予感」を知っているからですよね。散り際を知っているからこそ、いっそうあの圧倒的な咲きっぷりに熱狂する。

北野天満宮のインスタレーション《光と花の庭》では、多くのクリスタルを使用しました。写真は一瞬を切り取って固定するものですが、クリスタルは光が差した瞬間に反射を増幅させ、刻一刻と表情を変えます。曇り空からパッと日が差した時のドラマチックな変化。それは、二度と同じことが起きない「刹那」を体感してもらうための仕掛けです。

撮影:蜷川 実花

撮影:佐々木 明日華 現在は梅の見頃を終え、境内はやわらかな新緑に包まれている。光を受けたクリスタルは、季節の移ろいとともに異なる表情を見せる

−−京都という街は、そうした「刹那の積み重ね」が長い歴史となっている場所ですね。

京都の特別さは、歴史が展示物のようなものではなく、今も街のなかに「現存している」ことにあると思います。今回の作品の舞台である北野天満宮には、豊臣秀吉が茶会を開いた場所がそのまま残っていて驚きました。東京にいると教科書のなかだけの話になってしまうような歴史上の人物が、京都ではひょいと隣に現れるような地続きの感覚があるんです。京都の方が歴史上の人物を語るとき、まるで今生きているようだったりするのもそのためかもしれませんね。

イマーシブシアターを作っている時も、この北野天満宮が千年以上もの間、1秒1秒の積み重ねでできていることを噛み締めました。自分が今、この歴史の延長線上に立っている。その奇跡を感じずにはいられません。京都は「残すべきもの」と「新しい挑戦」のバランスが絶妙な街です。大切に保存していこうという思いと、新しいものを取り入れ楽しもうという思い。その柔軟な姿勢が、京都を唯一無二の場所にしているのだと思います。

撮影:佐々木 明日華

2050年、風景を守るために私たちができること

−−本メディア「2050 MAGAZINE」のキーワードでもある少し未来の「2050年」。2050年の京都に、どのような美しさが残っていてほしいと考えますか。

今と変わらず、歴史の重みと新しい刺激が共存していてほしいですね。同時に、京都の人々が持っている「大切に守る」という意識が、さらに強まっていてほしいとも思います。

例えば今、戦後に植えられた東京の桜たちは一斉に老朽化が進んでいます。どう未来に残すか、今、私たちが何ができるかを真剣に考えていなければ、2025年の景色は確実に変わってしまうでしょう。景色は自然に守られるものではなく、人々の意志によって維持されるものだと感じています。

−−自然を守るという観点で、蜷川さんが何か大切にされていることはありますか。

私は自然のなかで撮影する時、たとえ地面に落ちている花びら一枚であっても、自分の手で動かすことはしません。ありのままの世界を、そのまま撮ることに強いこだわりを持っています。トリミングもしない。「ただそこにあった美しさ」を切り取りたいのです。

なぜなら、加工された美しさよりも、ありのままの自然がこれほどまでに美しいんだという事実を伝えることこそが、私の役割だと思うからです。その「美しさ」を心から感じることができれば、理屈抜きに「守りたい」「丁寧に扱いたい」という気持ちが湧いてくるはずです。

©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery 蜷川氏が京都で撮影してきた作品の一枚

−−「美しい」という感動が、環境を守るためのアクションの源泉になりうるのかもしれません。

どんなに大きな社会課題も、結局は自分自身の小さな実感からしかスタートできません。世界を撮り続けて思うのは、「世界はこんなに美しいんだよ」というメッセージが、結果として環境を守ることに繋がるかもしれませんね。

−−最後に、読者が忙しい日々を送るなかで、美しさに目を留めるにはどうしたらよいか、アドバイスをお願いします。

特別に時間をとる必要はありません。日常のなかで、まずは「一日何か一つ、素敵なものを見つけよう」と決めてみてください。

自分のアシスタントには「毎日100枚写真を撮る」という課題を出します。100枚撮ろうと思ったら、ぼんやり歩いているわけにはいきません。無理やりでも「好きなもの」「いいなと思う瞬間」を探さざるを得なくなる。それを10日間も続ければ、自分の感度は上がります。

スマホのカメラでもいいので、一日一枚写真として残してみてください。自分が「いいな」と思った瞬間を大切にすること。その小さな積み重ねが、自分自身の解像度を上げることに繋がっていきます。

 

 

刹那を愛することが、京都の歴史を繋ぐ力になる

「花びら一枚動かさない」という蜷川さんの撮影ルールは、一見小さなこだわりに見えますが、被写体である自然そのものへの深い敬意の表れだと感じます。

私たちは、便利で忙しない生活のなかで、ついつい世界への解像度をあえて下げて過ごしてしまいがちです。しかし、蜷川実花さんの写真を通せば、日常に美しさが宿っていることに気づかされる。

2050年、その時の京都も、今と同じように、あるいは今以上に、誰かが愛してやまない「一瞬」が積み重なる場所であってほしい。そのためには、今、私たちが目の前の風景に対して、どれだけ解像度を高く持って向き合えるかが問われているのかもしれません。

撮影:佐々木 明日華

KYOTO NIPPON FESTIVAL 2026 – 時をこえ、華ひらく庭 – 概要

会期:
インスタレーション《光と花の庭》《残照》
2026年2月1日(日)〜5月24日(日)※休苑日有
イマーシブシアター《花宵の大茶会》
2026年3月20日(金祝)〜5月24日(日)

※休演日有 ※公演時間 約70分予定

開苑時間:
開場9:00 閉門20:30(20:00最終受付)

休館日:
会期中休業日あり

会場:
北野天満宮(京都府京都市上京区馬喰町)
※詳細は公式HPにてご確認ください

URL:kyoto-nippon-festival.com

Profile
北野天満宮

北野天満宮は、菅原道真公(菅公)を御祭神としておまつりする全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社です。古来「北野の天神さま」と親しまれ、入試合格・学業成就・文化芸能・災難厄除祈願のお社として幅広く信仰されています。
また、半萬燈祭に向けた事業の一環として、京都市が進める脱炭素先行地域へ参画し、省エネ性能の優れたLEDや空調機器の導入などに取り組まれています。
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蜷川 実花
写真家、映画監督、現代美術家

写真を中心として、映画、映像、空間インスタレーションも多く手掛ける。クリエイティブチーム「EiM(エイム)」の一員としても活動中。
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。2010年ニューヨークのRizzoliから写真集を出版。また、『ヘルタースケルター』(2012年)、『Diner ダイナー』(2019年)をはじめ長編映画を5作、Netflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』(2020年)を監督。これまでに写真集120冊以上を刊行、個展150回以上、グループ展130回以上と国内外で精力的に作品発表を続ける。個展「蜷川実花展with EiM:彼岸の光、此岸の影」(京都市京セラ美術館、2025年1月-3月)は、25万人を動員。最新の写真集に『VIRA』(bookshop M Co., Ltd.、2026年)、『mirror, mirror, mirror』(光村推古書院 ​、2026年)がある。
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Writer
オギユカ
ライター
1992年早生まれ、埼玉・鶴ヶ島出身。2021年から京都在住。空間デザイン、Webデザイン、デザイン雑貨の通販会社などで働き、8年間、企業広報・サービス広報・採用広報を中心に書く仕事の経験を積む。
現在は、22歳年上の夫と京都で2人暮らしをしながら、フリーランスのエッセイスト、取材ライターとして活動。
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