撮影:原 祥子
「枯らさない」ことは、もっとも身近な地球貢献。未来のライフスタイルを支える、植物ケアの哲学
撮影:原 祥子
多くの人が抱えるこの悩みに、真正面から向き合い、植物と人のよりよい関係性を探求し続けている人物がいます。京都市に暮らし、『もう枯らさない!観葉植物の育て方』という本を出版された谷奥俊男さんです。
「植物を育てることは、自分自身にとっても心地よい環境を整えること」。そう語る谷奥さんは、「数値化」による論理的なアプローチと、「自然回帰」という視点を併せ持っています。植物を「ペットでありパートナー」として捉えるその視点から、私たちが植物とともにある2050年の姿を伺いました。
主観を排し、具体的に数値化する。植物を枯らす「負のループ」を断ち切るための論理

−−『もう枯らさない!観葉植物の育て方』という本を書かれましたが、「枯らさない」という点に注目するようになったのは、どういう経緯ですか?
植物を育てるのをやめてしまう理由のほとんどが、「一度枯らしてしまったから」なんです。アンケートを取ったところ、約800人のうち97%に枯らした経験があり、そのうち7割が、枯らしたものと同じ種類の植物を二度と買わなくなっていました。
でも、最初に選んだ植物って、一番自分の好みだったはずなんです。それを諦めて、育てやすさだけで次の植物を選ぶと愛着が持てず、また枯らしてしまう。この負のループを断ち切りたいと思ったのが、枯れる原因を一つずつ紐解き、本にまとめたきっかけです。

−−本を拝見すると、非常に論理的ですね。「明るい場所」ではなく「何ルクス(明るさの単位)」と数値で示されている点が印象的でした。
園芸の世界では、水やりの仕方について「土の表面が乾いたら、鉢の底から出るぐらいたっぷりあげてください」というアドバイスをよく聞きます。でも「土の表面が乾いたら」というのがわかりにくいし、「たっぷり」というのもコップ一杯がたっぷりと思う人もいれば、1Lくらいがたっぷりと思う人もいて、捉え方が全然違います。主観のズレが失敗を生んでいると考えました。
例えば「きれいなお花」というのは主観で、人によって違います。シンプルなものがきれいだと思う人もいれば、豪華なものがきれいだと思う人もいます。

−−はっきり数字で示されると、間違いが少なくなりますね。人によって「きれい」の感覚も違うというお話がありましたが、「きれい」の基準って谷奥さんにとっては何ですか?
みんな感覚が違うから、「きれい」って難しいと思います。
私は「きれい」の基準を「自然であること」においています。例えば花なら、太陽の方向に向かって伸びるので上向きな姿。それが自然で「きれい」だと考えています。
そうだ、森と林の違いってわかりますか?

−−ええっ、なんでしょう。そう言われてみると意識したことがありませんでした。生えている木の多さでしょうか。
漢字で書くと、森は木が三つで、林は木が二つです。なぜ林は木が減って二つになっているのか。それは人の手で整理されているからです。森は、人の手が入っていないところ。森では自然に木が重なり合って、その隙間に、太陽の光を求めて植物が伸びていくんです。そこに人は生命力を感じます。
−−谷奥さんは「きれい」に対しても、しっかり考えを持っていらっしゃいますね。
いやいや、みんな感じているはずなんですよ。それを具体的に表現しただけです。数字化したり具体的に伝えてないと、なかなか人へは広がらないと思っています。
「なんで癒されるんだろう」と同じように「なんで枯れるんだろう」も、具体的に伝えないとダメなんです。そう気づいたので、本でも数字などで具体的に伝えています。
「生き物」として愛でる。植物はペットでありパートナー

−−人と植物のよい関係性ってどんなものだと思いますか?
植物の育つ環境は、人間にとってもいい環境です。逆に言えば、「植物が枯れる環境は人の体にも悪い」。私は、植物は室内環境のバロメーターだと思っています。「植物があなたの代わりに死んでいる」と言うと、皆さんハッとされますね。室内環境を見直せば、改善は必ずできます。
−−写し鏡のようですね。
その通りです。どんな環境が植物にいいですか?と聞かれたなら、一言で答えます。「あなたが心地よい環境にしてあげてください」と。
人も植物も直射日光には当たりたくないし、冬は寒いから外に出たくないですよね。温度は20度くらいで、湿度は40から60%くらいが心地よくて、変化が少ないフラット環境がいい。エアコンの風にずっと当たっていたらパリパリになるので、自然なそよ風が当たっている方が気持ちいいはず。そうして、あなたが心地よい環境を作ってあげたら、植物は枯れません。

−−谷奥さんが本のなかで「植物はペットでありパートナー」と書かれていたことも、記憶に残っています。
まずみなさんに伝えたいのは、「植物は生き物だ」ということ。大半の人は、植物をインテリアつまりモノとして買います。部屋をきれいにしたい、SNSで発信するときにグリーンがあったらいいな、と植物を生き物として見ていません。そんな人は植物を買ったときがゴールだから、部屋に置いておくだけで意識が向かなくなります。
でも、生き物=ペットだったら毎朝えさをあげますよね。えさをあげて水を飲ませて、「あれ、今日ごはんを食べないのはおかしいな」と心配します。植物も一緒で、毎日霧吹きして、様子を見てあげることで、体調を崩せばすぐに気づくはず。それを見逃すから「気がついたら」枯れてしまうんです。
「枯らさない」ことはゴミを出さないこと。もっとも身近な地球貢献

−−植物を枯らさずに育てることは、地球環境にはどう繋がっていくのでしょうか?
シンプルに、「枯らさない」ということはゴミを出さないということです。だから僕たちは「枯らさないため」をベースに考えて、植物をいかに長く育ててもらえるかをテーマにしています。
枯れる原因は、環境不適合です。一番わかりやすいのは照度で、照度不足で弱っていく植物が多いので、それを防ぐために「順応」させることに取り組んでいます。
観葉植物はそもそも外の植物です。例えば沖縄などでカンカン照りの中で育っている原生植物には、10万ルクスくらいの光が当たっています。それを2万ルクスくらいのハウスで、遮光して育てるものを観葉植物と呼びます。

でも、家のリビングの明るさは大体200〜300ルクスくらいしかありません。沖縄の屋外の500分の1くらいの照度しかないんです。いきなり2万ルクスから200ルクスに変わったら葉っぱが落ちてしまいます。照度不足で枯らしてしまうことが非常に多い。
でも、10万ルクスを2万ルクスに落として、次に3000ルクスくらいに落として……と少しずつ照度を落としていくことによって、植物を慣らすことができます。今、大学の先生と一緒にデータを取って、慣らしていけば暗いところでも育つことがわかってきています。
そして、植物を枯らさずにうまく育てられた人は、間違いなく2つ目も買います。そうすれば需要が増えていくので、グリーンが増え、地球環境にいい。植物は二酸化炭素を吸って酸素を出しているわけですから、地球温暖化にもちょっとは貢献できるんです。
無農薬・無化学肥料でめざす原点回帰

−−谷奥さんは、無農薬、無化学肥料での植物栽培にもトライされていると聞きました。
無農薬、無化学肥料は食べものでも気になるトピックですよね。今、無農薬の野菜が注目されています。観葉植物も、最終的には無農薬、無化学肥料で作りたいと思っています。
正直、無農薬で育てるって大変なんですよ。実際に取り組んでみてわかりました。例えば、桜の木の毛虫取りをするにも、本当に一匹ずつ、枝を揺らして落として取るんです。農薬を撒けば簡単ですが、原点に戻りたいなと思っています。
−−原点、ですか?
やっぱり元に戻さなければいけないのかなと思います。いろんな品種改良がされて、例えば小麦なんかも育てやすい品種ができています。しかし、本来の古代小麦にもいいものがあります。その原点に戻った方がいいんじゃないか、と感じているんです。
−−今スーパーに並んでいるのはどれもピンとまっすぐなキュウリですよね。
そうなんです。でも、虫食いでも自然に作られたものは「きれい」だと思います。食べ物も植物も、原点である自然に戻った方が免疫力があるはずです。自分の力で生き延びられる。

キリンが食べるミモザという木があります。キリンが葉っぱを食べ始めると、ミモザは食べられたくないから毒素を出して、苦くなるんです。苦くなってきたらキリンはその木を食べなくなって、隣の木へ行くのですが、風上に進んでいくんですよ。なぜなら、ミモザは毒素を出すだけでなく、香りも出して「今自分は食べられているぞ」という情報を風下の他のミモザの木に伝えるんです。だからキリンは苦くない風上へ行き、風下の木は食べられずに済みます。
このように、植物は自分の身を守るための免疫力を持っています。一方、現代では農薬や肥料を使って、自分で戦わなくていいようにどんどん弱体化させてしまっているんじゃないかと思っています。
−−植物が持つ本来の力があるはずなんですね。2050年、少し先の未来では、人と植物の関係はどうなっていると思いますか?
それはもう、間違いなく「室内での共存共栄」です。これだけ地球温暖化が進んで、屋外での植物の管理はすごく難しい。夏がこう暑いと、マンションのベランダでも大変です。ですから、室内の環境を整えていくことに、可能性があるのではないかと思います。
植物を室内に入れるためには、農薬や化学肥料を使わないものにしないといけません。今からそういうものを作っていかないといけないと思います。
植物は暮らしの「写し鏡」。心地よさを共有し、共存共栄する未来へ

谷奥さんのお話から見えてきたのは、植物を枯らしてしまう原因のほとんどが、私たち人間の知識不足や無関心にあるということでした。
植物が枯れる環境は、人にとっても心地よくない環境であるという指摘は、私たちが室内環境を真剣に見直すきっかけになります。植物はまさに私たちの暮らしの写し鏡であり、「あなたが心地よい環境にしてあげてください」というシンプルな言葉の裏には、人にも植物にもよい影響をもたらす共存共栄の未来へのメッセージを感じました。
私たちが植物を単なるインテリアではなく、「ペットでありパートナー」として意識し、その小さな変化に気づける関係性を築くこと。それは単に「緑ゆたかな暮らし」の実現に留まりません。
数値化されたロジックで植物の命を守り、無農薬・地産地消で植物本来の力を取り戻す谷奥さんの挑戦は、地球温暖化が進む2050年の暮らし、持続可能な社会、そして私たち自身のウェルビーイングに繋がる、具体的なヒントなのかもしれません。

『もう枯らさない!観葉植物の育て方』著者
京都・西陣にて実家の花屋で25年働いた後、2013年に観葉植物専門店を立ち上げ。植物のある暮らしを提案するなかで、ほとんどの人が数年で枯らしていることに気づき、その原因を追究し始める。代表的な活動として、衛生的で管理が楽なセラミック土「コトソイル」の開発や、生産者・大学研究機関との協力、環境適応した枯れにくい植物の生産への働きかけがある。
「販売店は、売るだけではなく購入後の管理方法までを伝えていく責任がある」と考え、全国の生産者や花屋、園芸店を回って観葉植物に関する講習も積極的に開催。一般向けには『NHK 趣味の園芸』をはじめ様々な雑誌、テレビ他、YouTubeでも「枯らさない育て方」の情報を発信中。
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ライター
現在は、22歳年上の夫と京都で2人暮らしをしながら、フリーランスのエッセイスト、取材ライターとして活動。 このライターの記事一覧へ >
