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宮島 未奈さん
小説家
インタビュー・文:オギユカ
撮影:白井 孝明
著者近影提供:新潮社
Interview2026.07.10
Vol. 32
未来をつくる「一歩」の積み重ね。成瀬シリーズの小説家・宮島未奈が語る、地域愛と等身大のエコ
2026.07.10
インタビュー・文:オギユカ
撮影:白井 孝明
著者近影提供:新潮社
滋賀県大津市を舞台に、自分の道を突き進む成瀬あかりの日常と成長を描いた「成瀬シリーズ」。第1作『成瀬は天下を取りにいく』、そして続く『成瀬は信じた道をいく』『成瀬は都を駆け抜ける』は、瑞々しい地域描写とキャラクター像で世代を超えて愛され、累計発行部数は250万部を突破しました。本作の魅力は、単なる地方発のエンターテインメント小説にとどまりません。主人公・成瀬の突飛なのに愛される行動を通じて、人とのつながりや、地域へのまなざしが鮮やかに描き出されています。

今回のインタビューでは、京都での大学生活を経て現在は滋賀に暮らす「成瀬あかりシリーズ」の作者の宮島未奈さんをお迎えしました。キャラクター成瀬が生まれた背景から、フィクションの街と現実の世界が交錯するおもしろさ、そして一見遠く感じられる「環境問題」へ身近な地域からアプローチする等身大の視点まで、じっくりとお話を伺いました。

著者近影提供:新潮社
目次

相手を尊重し、話を聞く。だから成瀬は愛される

−−成瀬の迷いのないまっすぐさや、フットワークの軽さの源泉はどこにあると思われますか?

成瀬のバイタリティやモチベーションは、やはり彼女が生まれ持った個性が一番大きいと思っています。ただ、彼女の育ってきた環境も無視できません。作品を読んでいただくと分かるとおり、成瀬はお母さんをはじめ、周囲の大人たちからずっと肯定されて生きてきた人なんですね。

だからこそ、自分のやりたいことを見つけたときに恐れを知らず、自由にのびのびと、自分の足で一歩を踏み出すことができるんだろうなと思います。

−−周囲を巻き込んでいく魅力の一方で、成瀬は決して独りよがりではないですよね。他者との関係性を描く上で、意識されていることはありますか?

そうですね。成瀬は一見すると、自分の興味のあることだけに突き進む自己中心的なキャラクターに見えるかもしれません。でも実は、成瀬のキャラクターの特徴に、「結構周りのことを見ているし、周りの話をよく聞く」という点があるんです。

一般的な小説や漫画に出てくる「天才キャラクター」や「我が道をゆくタイプ」って、結構他人の言うことを聞かない人が多いですよね。でも、成瀬はあえて「人の話を真摯に聞くキャラ」に設定しました。行動は誰よりもまっすぐで頑固そうに見えますが、他者を受け入れることに対しても、成瀬は同じようにまっすぐで、とても開かれているんです。

JR膳所駅では作中に登場する成瀬と親友の島崎みゆきの漫才コンビ「ゼゼカラ」に出会える

−−だからこそ、周りの人間も彼女を嫌いになれないのかもしれません。

みんながまず成瀬に対して興味を持つきっかけは、「ちょっと変わっていて面白いことをしているな」という好奇心からだと思います。実際に近づいてみると、彼女は相手をえり好みしない。どんな相手の言葉にもちゃんと耳を傾けるんです。

自分自身が周囲から尊重されて育ってきたからこそ、他者のことも同じように一人の人間として尊重できる。成瀬の持つこの素直さと柔軟さがあるからこそ、巻き込まれていく側の人間としても、ただ迷惑を被るだけでなく「この人になら巻き込まれてみたい」「一緒に何かをやってみたい」と思わされてしまう。それが、彼女の周りに自然と人が集まってくる一番の理由なのだと思います。

 

フィクションの「大津」と、現実の「聖地巡礼」

−−作中には「西武大津店」をはじめ、実在の店舗や具体的な地名、風景が数多く登場します。宮島さんご自身の地域への愛着がそのまま反映されているのでしょうか。

物語の主要な舞台であり、実際に存在する「ときめき坂」

少し意外に思われるかもしれませんが、作中で語られる大津は、現実のものではなく、あくまで「フィクションの大津」なんですね。私の見ている大津と、成瀬が見ている大津、そして私が思っている郷土への愛着と、成瀬が抱いている郷土への愛着は、似て非なるもの。そこは明確にフィクションとして分けて考えています。

なぜ成瀬がこれほどまでに強い郷土愛を持った人物になったかというと、それは彼女の「地域に受け入れられてきた」記憶と結びついているからです。自分がやりたいことを大津が、そして大津に住む人々が温かく見守り、受け入れてくれた。その歴史と幸福な感覚が本人の中にあるからこそ、彼女は大津を愛し、大津に恩返しをしたいと考えている。私自身の郷土愛を投影したというよりは、成瀬あかりという人格を形作るための必然として、大津への愛が描かれています。

作中では、誰もが知っている実在の場所を描く一方で、成瀬が通う「ときめき小学校」のように、あえて架空の名前を混ぜ込んでいます。すべてを現実にしないことで、読者に「これはフィクションである」という距離感を保っています。でも、実際に現地に行くとなんとなく成瀬の気配を感じられる。フィクションだからこそ、現実の地域社会とこれほどまでに不思議で温かい形で結びつくことができるんだなと、私自身も日々面白く感じています。

 

エコアクションは「変わらない」ではなく「ゼロじゃない」

作中にたびたび登場する遊覧船「ミシガン」。成瀬は「びわ湖大津を世界に発信したい」という想いから観光大使を務める

−−本作のテーマや成瀬の突飛な行動の数々は、実は私たちが目指すべき地域環境を守る活動にも深く通じるものがあると感じます。

そうですね。たとえば作中で成瀬が自主的に行っている膳所(ぜぜ)界隈のパトロール活動も、彼女に「自分が住んでいる地域を安全にしよう」という明確な意図があるからなんです。成瀬が一日に歩いて見回れる範囲なんて、大津市全体、あるいは地球全体から見れば、本当にほんの少し、ごくわずかなエリアに過ぎません。それでも彼女は、自分の手の届く範囲、足の届く範囲から地域を良くしていこうとしている。

これって、いま私たちが直面している環境問題やエコアクションの考え方に、応用できるなと思うんです。環境問題というと、地球温暖化や気候変動など、あまりにも規模が大きすぎて「自分一人に何ができるんだろう」と圧倒されてしまいがちですよね。でも、成瀬のパトロールのように、「まずは自分が生きているこの身近な地域から環境を守っていく」という試みを始めてみる。その小さな実践の拠点を一人ひとりが持つことで、結果としてそれが日本中、世界中へと広がり、全体を変えていくことができるんじゃないかなと思います。

−−もし成瀬が「気候変動」という大きな課題に本気で向き合ったら、一体どんなことを始めると思いますか?

きっと成瀬なら、何か大層なスローガンを掲げるようなことはしなくて、やっぱり地域のごみ拾いのような、誰にでもできる地味で身近なことから淡々と始めるのではないでしょうか。そして、成瀬が一人でごみ拾いを始めると、最初は「また成瀬が変なことを始めたぞ」と遠巻きに見ていた周りの人々が、だんだんと彼女のまっすぐさに引っ張られて、一人、また一人と参加し始めて、気づけば大きな輪になっていく。

成瀬シリーズという物語自体も、始まりは滋賀県のローカルな話題でしたが、それが関西全体へ広がり、今や全国の本当に多くの読者に届くようになりました。各地にいる読者の中から、「成瀬の真似をして、自分の街で何か良いことを始めてみよう」という人が、たった一人でも現れてくれたら素晴らしいですよね。

シリーズ累計で250万部以上が出版されているわけですから、そのうちのわずか1%の人でも実際に行動に移してくれたら、それだけで何万人という規模になります。成瀬自身は、ただ、自分が正しいと思うこと、やりたいと思ったことを全力でやっているだけ。でも、その打算のない姿に感化され、真似をする人が自然と増えていく。この「結果としての広がり」こそが、環境活動においても重要な形なのではないかと思います。

−−個人レベルでの環境活動に対して、「自分がアクションをしたところで、どうせ地球は変わらない」と無力感を抱いてしまう人も少なくありません。こうした心理についてはどう思われますか?

「自分がエコバッグを1枚使ったところで、地球全体の環境が変わるわけがない」というのは、個人の限定的な視点で見れば、確かにそのとおりかもしれません。劇的な変化なんて起きないように思えますよね。でも、「まずは1枚のエコバッグを使ったわけだから、そのプラスチックを節約したという事実は、ゼロではなく『イチ』だよね」と思うんです。

ゼロとイチの間には、ものすごく大きな違いがあります。どんなに小さな行動であっても、やった事実はゼロにはならない。だからこそ、その「イチ」を積み重ねていくことが何よりも大事だし、それしか未来を変える方法はないんじゃないかと思います。

成瀬はエコバッグを使うことを、おそらく当然のルーティンとしてすると思います。そこに「これをして意味があるのか」といったジャッジは挟みません。「自分の小さな行動で世界が変わるか変わらないか」と損得勘定は考えず、それが地球や地域にとって当然の行いであり、自分がそうしたいからする。そうやって、迷わずに「イチ」を選択できるのが成瀬というタイプですね。

 

琵琶湖と京都を繋ぐ水。地域を知ることで見えてくるもの

−−宮島さんは大学時代に京都で過ごされていますよね。印象に残っている京都の地域エピソードはありますか?

大学時代の京都での生活はとても思い出深いのですが、実は、滋賀に移住して、小説を書くために地域の歴史を本格的に取材するまで、気づいていなかった事実があるんです。

京都の有名な観光地である「哲学の道」には、綺麗な水が流れていますよね。私は、大学時代にあそこを何度も歩いていたのに、あの水が滋賀の琵琶湖から引かれている「琵琶湖疏水(そすい)」だということを、当時は全く知らなかったんです。滋賀に住むようになって、琵琶湖疏水の歴史やルートを小説の題材として調べるうちに、「あ、あの哲学の道の水って、琵琶湖の水だったんだ!」と繋がって、ものすごくびっくりしました。

−−生活の風景の中に、滋賀の存在が溶け込んでいたのですね。

本当にそうですね。さらに驚いたのは、左京区・岡崎にある「京都市動物園」です。動物園の中にペンギンたちが泳いでいるプールがあるのですが、あのプールに使われている水も、琵琶湖疏水の水、つまり琵琶湖の水なんですよね。それを知ったときも、思いもよらない繋がりだったので衝撃を受けました。まさかペンギンたちが滋賀の水で泳いでいるなんて、これっぽっちも想像していませんでした。

−−滋賀と京都という2つの地域が、「水」という不可欠なインフラを通じて強固に結ばれていることがよく分かります。

「環境問題」という言葉だけを聞くと、あまりにも概念が漠然としていて、どこか自分とは無関係な遠い世界の出来事のように思えてしまいます。けれど、自分が今住んでいる地域や、近隣地域との歴史的なつながり、インフラの仕組みを「知る」ことによって、自然がどれほど我々の身近な生活に密接に結びついているかが具体的に見えてくる。地域への興味を持つことこそが、環境問題を自分事として捉えるための、近道なのかもしれません。

作中にも登場する「琵琶湖疏水記念館」。成瀬は「琵琶湖の水はみんなのもの」と語り、身近な自然を大切にする気持ちが、環境を守るための第一歩だと気づかせてくれる

 

「今」の積み重ねが、未来をつくっていく

−−作中で成瀬は「200歳まで生きる」と堂々と宣言して周囲を驚かせますが、彼女がそれほどまでに未来を見据えながら、同時に「今、この瞬間」を積み重ねられているのなぜだと思われますか?

成瀬はきっと、毎日朝起きて歯を磨くとか、地域の見回りに行くとか、そういった日々の本当に小さな「今」の行動の積み重ねこそが、めぐりめぐって200年という長い人生、そしてその先にある未来へと確実につながっていくのだということを、直感的に分かっているんだと思います。昨日の一歩があり、今日の一歩があり、それが途切れずに連なっていくことでしか、未来の景色は作られない。

これは、私がやっている「小説を書く」という仕事においても、まったく同じことが言えます。原稿用紙に向かって、毎日一文字一文字、パソコンのキーボードを叩いて文章を打ち進めていく作業は、信じられないほど地味で、退屈。そして正直に言ってしまえば、書いている最中は苦しいものなんです。

−−あの大ヒット作の舞台裏には、やはり大変なご苦労があるのですね。

「最終的に物語がどこにたどり着くのか」という全体のプロットは頭の中で考えてあるのですが、いざ執筆を始めてみると、ゴールにたどり着くまでの道のりがとにかく長くて大変で……。いつもしんどいなと思いながら原稿に向き合っています。

でも、そうやって毎日、一文字ずつの退屈な積み重ねを投げ出さずに続けて、ようやく書き終えて一冊の本という形になったとき、「ああ、最後まで書ききれて本当によかったな」という喜びが湧き上がってくる。これも地道な「今」を重ねてきた結果なんですよね。

−−不確実で、環境の変化も激しいこれからの未来に向けて、現代社会を生きる若い世代や読者の方々へメッセージをお願いします。

私自身、これから先の未来に一体何が起こるのかなんて、全く分かりません。作中の成瀬も「先のことはわからない」と言っていますが、まさにそのとおりだと思います。私が小説を書く上でも、周りの流行に乗ったり、他の人と同じようなことをやっていたりしたら、たくさんの作品の中にすぐに埋もれてしまう。だからこそ、「他の人がまだやっていないことは何か」「自分にしか書けないものは何か」ということを必死に考え、自分だけの道を模索してきました。

これから先、社会環境や地球の気候がどう変わっていくとしても、まずは希望を捨てずに生きていってほしいなと思います。先の見えない時代だからこそ、未来を不安がって立ち止まるのではなく、成瀬のように「今、自分にできる一歩」を大切にする。たとえそれがエコバッグの1枚であっても、地域のごみ拾いであっても、その小さな「イチ」の積み重ねが、確実にあなたの未来を作っていきます。

成瀬のようにまっすぐ、未来へつなぐ「今日の一歩」

成瀬あかりが私たちに教えてくれるのは、地球を救うために何か途方もない大改革を声高に叫ぶことではありません。自分が暮らす目の前の地域を愛し、隣にいる他者を偏見なく尊重し、そして「自分にできる等身大の『イチ』」を、迷わずに、照れずに、淡々と積み重ねていくことの圧倒的な強さと尊さです。

琵琶湖の豊かな水が、歴史ある琵琶湖疏水というインフラを通じ、京都の哲学の道をせせらぎや動物園の命を潤しているように、私たちが今日から始める小さなアクションもまた、目に見えない流れとなってめぐりめぐって、2050年の豊かな地域社会へと確実に繋がっています。未来を憂う前に、まずは希望を携えて。成瀬のようにまっすぐ、今日という日の「一歩」から始めてみませんか。

舞台『成瀬は天下を取りにいく』

東京公演・サンシャイン劇場 7/4(土)~12(日)
京都公演・南座       7/16(木)~26(日)
滋賀公演・大津市民会館   7/28(火)、29(水)
製作:松竹
原作:宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮文庫刊)
脚本・演出:G2
出演:山下美月 藤野涼子 山崎静代 ISSEI 天宮良 田畑智子

URL:https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/naruse_2607m/

大津市×京都市 初コラボ事業!
大津と京都を駆け抜ける周遊スタンプラリー

期間:
7/1(水)〜9/30(水)

内容:
・作品の世界観を追体験しながら歴史や文化、まちの魅力に触れてもらう周遊イベント
・スタンプ台紙兼パンフレットに集めたスタンプの数に応じて、ここでしか手に入らないオリジナルノベルティの配布や賞品が当たる抽選にも応募できます。

スタンプラリースポット(合計 8 箇所):
【大津エリア】
近江勧学館(〒520-0015 滋賀県大津市神宮町 1-1)
ミシガンクルーズ(大津港)(〒520-0047 滋賀県大津市浜大津 5-1-1)
大津駅観光案内所(〒520-0055 滋賀県大津市春日町 1-3)
フレンドマート大津テラス店(〒520-0806 滋賀県大津市打出浜 14-30)

【京都エリア】
京都大学(〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町)
琵琶湖疏水記念館(〒606-8437 京都府京都市左京区南禅寺草川町 17)
南座(〒605-0075 京都府京都市東山区四条大橋東詰)
京都山科ホテル山楽(〒607-8012 京都府京都市山科区安朱桟敷町 23 番地)

URL:https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000355025.html

Profile
宮島 未奈
小説家

1983(昭和58)年、静岡県富士市生れ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021(令和3)年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。2023年同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。静岡書店大賞小説部門大賞、坪田譲治文学賞、本屋大賞など多くの賞に輝き話題となる。「成瀬あかりシリーズ」は『成瀬は信じた道をいく』『成瀬は都を駆け抜ける』の三部作で完結した。他の著書に『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』がある。
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Writer
オギユカ
ライター
1992年早生まれ、埼玉・鶴ヶ島出身。2021年から京都在住。空間デザイン、Webデザイン、デザイン雑貨の通販会社などで働き、8年間、企業広報・サービス広報・採用広報を中心に書く仕事の経験を積む。
現在は、22歳年上の夫と京都で2人暮らしをしながら、フリーランスのエッセイスト、取材ライターとして活動。
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